本日の経費、15,800円也
フィンガーボウルをイッキ飲み、ですこです。汚れた指は絨毯でぬぐうのが俺流だ。
生活の中に『お見舞い』というカテゴリができてから約二週間が経った。頻度は週に三四回、最短コースを走っているのだが、ガソリンの減りは早い。しかも高い。
単に病院と自宅を往復するのは癪なので、ついでにラーメン屋巡りをしている。俺はかつてラーメンマンで、市内の店を五十は食べ歩いた。
『銀波露』という店だ。今日日のラーメン屋はオサレである。
駐車場はほぼ満車だったが、外見よりも店内は広々としていて、待たされることなく席に案内された。
六人掛けの円テーブルに独り、ぽつねんと。
ラーメンを待っている間に続々と客がやって来て、ちょうど俺で満席になったらしく、入り口付近の長椅子には五人ほどが座っている。
相席にしてくれ。もしくはカウンター席が空いたらすぐに俺をそこに移動させろ。
視線が痛い。
なんという名称だったか失念したが、揚げた薄切り豚肉が三枚載っている代物で、800円だった。
醤油味だが、旭川ラーメンのように濁っており、おそらくは豚骨ベースだろう。
具は、うどんのように切った長葱、玉葱、、メンマ、揚げニンニク、大量の白胡麻である。
スープを啜ると、まず最初に強い香ばしさを感じた。意図的な“焦げの味”である。炭の味、といってもいいかもしれない。
いちばん驚いたのは麺だった。このような麺を食べたのは初めてである。旭川ラーメンのように細く芯があるタイプだが、縮れている。その縮れ具合は、一般的な札幌ラーメンで見られるよりも強くうねっている。
香ばしいが、深みは無い。個性はあるが、もう一度食べたいと思う味じゃない。
値段は良心的で(普通の醤油は600円)、接客態度も良い(六人掛けに一人はどうかと思うが)。麺がうまい。
言ってしまおう――店の外観も、ラーメンのルックスも、“ハッタリである”。
ですです評価
★★★★☆☆☆☆☆☆
帰りの車内で煙草に火を点けて、俺はつぶやいた――「普通の、普通にうまいラーメンが食べたい」
揉み消したセブンスターの白いフィルターには、薄茶色の油が滲んでいた。
当初は、思考は無事だと思われた母も、何度か会っている内に『高次脳機能障害』が顕れていることがわかってきた。医者が言ったことと同じか、それ以上の情報がネット上にはあって、重宝している。
子供返りというのか、退行というのか、呼び名は判らないが、依存が強くなってきた。
俺にやたらと用事を頼むんである。言いつけ通りに、実家にあったタオルを運んできて、かれこれ二十枚を超えた辺りで、俺は異変に気づいたんだった――「どう考えても多すぎるよな」と。
父を戦死で亡くした母は、祖母がなにもしてくれなかったことを、何度か嘆いたことがあった。母の子供返りの根元が解ったような気がした。
だが、実家にある上着を持ってくるように頼まれたとき、俺は不思議な、ちょっとした神秘を感じたんだった。
上着のある場所はわかった。色はと訊くと、「鮭色」と応えた。
俺は鮭色、つまりサーモンピンクの上着を探したがどこにも見当たらなかった。それっぽい冬用のコートは見つかったが、病室の寒さをしのぐには文字通りオーバーだった。
俺は少し思案した。ミシンの近くに、古くさい柄の、灰色の上着があることは知っていた。
鮭の身の色ではなく、鱗の色のことを言っているのかもしれなかった。新巻鮭的な、新巻ジャケット。
これしかなかったぞ、と母に拡げて見せると「それそれ」と言った。これのどこが鮭なんだよ、とは言わないでおくことにした。
代わりに「年代物だな」と言うと、「ばあちゃんの形見なの」と言ったんだった。
鮭ットを探している間、非情な紙が俺の車に貼られていた。
この世は無情である。