斉藤さん

 
 話が逸れる、天パですこです。天パゆーな。クセ毛って呼んでネ! 殴っちゃうヨ!
 
 ぼくはよくセイコー・マート(以下、セイコマ)を利用する。というか、コンビニはセイコマしか利用しない。
 最近、近所のセイコマが改装された。今までは小汚く、ぼくはソレに好感を持っていたのだが、すっかり小綺麗になってしまった。
 同時に、アルバイトと思われた若い男性店員二人組も一新されてしまった。
 今までの店員は、いかにも苦学生といった趣の、哀愁漂う古めかしい接客態度だった。Tシャツをジーンズの中に仕舞っているような、オールドファッションだった。
 改装後、彼らの替わりに、今度は奇抜なヘアスタイルの若者二人が店を切り盛りするようになった。二人ともクチビルにピアスを入れている。そんな外見とは裏腹に、接客態度はよい。以前の冴えない二人よりも、好い。それが少し、憎たらしい。
 冴えない彼らは解雇のあと、どこに行ったのか。ぼくはそれが気にかかる。
 
 ぼくはじつは、コンプレックスから大学生が嫌いだ。
 だが、二部の学生は偏愛している。ぼくが働いてきた職場のうちの二つに、二部の学生が混在していた。ぼくは苦学生については結構詳しい方だと思う。
 ぼくが夕方まで働いて家へ帰るのに対し、彼らはそこから学校に行くのだ。ぼくは彼らを尊敬しながら、どこかで馬鹿にしていた――「夜の街の方がよっぽどダイガクだぜ?」
 浅はかだが、それが誤りだったとは、今をもっても言い切れない。実際ぼくは、夜の街から多くの事を学び、代え難い知己も得たことは事実だ。
 
 ぼくが19歳の時だった。その職場はフリーターと二部学生が半々の割合だったが、所謂「学生相談所」から来る学生は再雇用で、通算で数年のキャリアがあり、一般はみんな新規だった。かといって新規がみんな十代なわけじゃないので、たとえ年下でも学生は先輩に値する。
 一般で面白い人がたくさんいたが面白すぎるので、その話はまたいずれ『異人伝』としてコンテンツに昇華してみよう思う。
 
 そこで一目置かれていた学生が三歳年上の「斉藤さん」だった(ありふれた名字、伏せ字にするまでもない)。斉藤さんは、自分より年上の人間に対してもタメ口の、静かな番長だった。
 みんながワイワイ騒いでいる中、ぼくはお高く気取っていた。心そこにあらず、という態度で挑んだ。それしか術はなかったのだ。
 職場のBGMは、各々が好き勝手に流せた。聞こえてくるのはうんこみたいなJ-POPばかり。ぼくは、自宅でコツコツ編集した74分のカセットテープを持ち込んで、無理矢理流した。同僚も客もほとんどが知らないであろう、それでいて耳をつままれるグッド・ミュージックを選曲した(確か、メインはネヴィル・ブラザーズ)。
 そういった経緯で、ぼくと斉藤さんは懇ろになった。斉藤さんは特に音楽好きではなかったが、ぼくに接近してきた。かの斉藤さんが可愛がるぼくである。ぼくは一気に登りつめ、斉藤さんを押しのけるほどの権力を得た。ほとんどが年上の世界で、ぼくは有頂天になった(他のみんなは引いているのにもかかわらず! 若い!)。
 
 以上が、まったく知らない世界で、初めて自分の存在が認められた青年期の最初である。「知らない世界に飛び込んだって、大した事はない。迎合するべからず!」と思った最初でもある。

 
 そして数年後、斉藤さんと居酒屋の小上がりで邂逅した。彼はスーツで、ぼくはジーンズだった。
「で……ですこ?」斉藤さんは言った。
「サイトーサーン!」ぼくは抱きついた。
 ぼくらは何故か、しばらくの間、抱き合った。
「いま何やってんの?」なんて無粋な台詞はなかった。ただ、抱き合った。
 炭坑夫でもないのに、なぜあんなにも抱き合ったのかは、未だに疑問だ。
 だが、いまもう一度斉藤さんと邂逅しても、がっちり抱き合うのだろう。
 
 ぼくは今日、何を書こうとしていたのか、すっかり忘れてしまった。