パンクロッカーが痩せてる理由

 
 耳のうしろにオデキがコニャニャチワ、ですこです。
 「オデキができた」「出来物が出来た」「吹き出物が吹き出してきた」なんのは以ての外です。これだけ沢山の言葉があるのですから、せめてオデキと重複する言葉は避けたいものですね。この場合の正解は「コニャニャチワ」です。いいですねみなさんよろしいですねわかりましたね!(更年期障害を患っている栄養学の非常勤講師っぽく)
 
 気づけば、はてなに移動してから一年と数日が経ちました。
 わたしのブログ歴はたぶん6年くらいで、最初は携帯webから始まったのです。更新毎に様変わりする液晶画面を見ながら「これがインターネッツか!」と、ひどく感嘆したのを憶えています。当時のパケ代は月額3万超、いかに傾倒していたかがお判り頂けましょう。
 当時はログなんかは残らず全て書き捨てでした。携帯本体に保存しようにもそういった機能はなく、またするつもりもありませんでした。全てがナマモノで、心の赴くままに書き殴っては勝手に消えていき、それが清々しく、ちょっとだけ勿体ないとも思っていました。
 ところがそれを丁寧にノートに書き写していた奇特な人がおりまして、わたしがそのノートを目にしたのは書いてから数年後でしたが、不思議なものでほとんど全て記憶していたのです。《人間はいままで目にしたもの全てを記憶していて、思い出せないのはそれにアクセスする術がないからだ》との眉唾な学説も、なるほど頷けるくらいよく憶えています。当時のわたしが若くて、その初期衝動を記憶しているだけなのかも知れませんが。
 そのサイトは携帯用で、さらにEZwebのみに対応していました。長屋というか団地というか、ある程度閉鎖的な空間です。いまのmixiによく似ていて、出会い系的な側面もありまして――昔話はこれくらいにしておこう。
 
 一年前、ヒロ吉からメールが来た。
「ブログってなに?」
「いわば公開日記かなぁ?」
「どうやってやるの?」
「色々あるから探しなさい」
 
 偶然にも、同じくはてなだった。おれは出来れば内緒にしておくつもりだった。
 だが、バレてしまった。いや、自らバラしてみた。ブログを始めたばかりのヒロ吉とは真逆の感覚だろうけど、おれにとってはリアル友達とネットで繋がっている事がとても新鮮だった。
 その数日後、スーパーで買い物をしているとKちゃんから電話が来た。
「今日はゆーいの誕生日だよ」
「ああそうだっけ」
「一緒に行こうよ」
「そうだね。行こう」
「ヒロ吉は?」
「電話しとくよ」
 Kちゃんからはヒロ吉に直接電話ができないみたい。
 
 カゴに入れた食材を適当に戻して、スーパーの駐車場からヒロ吉に電話をした。
「どうも、hero-childrenさん」
「やあ、nudediscoさん」
「ゆーいん家に行くんだけどさ」
「おれ、いま帯広なんだよね」
「そうか、残念」
「コメント、書いてよ」
「あの日記にかよ! ワハハハ!」
「ワハハハ!」
 そんな遣り取りがあったと記憶している。
 
 あれから一年が経った。
 正直、ヒロ吉はよく続いたなぁと感心するゼ――と偉そうなのは、おれの方がずっとセンパイだからだ。スイカ割りの網から外れてしまって冬の大海原にぽつねんと浮かんだような世界で、よくぞ続けたね、偉いよ。
 君はギターも文章も下手くそだけど、それでも続けてる君の情熱は、ぼくは解っているよ。ギターも文章も、みんな勝手に辞めていってしまうんだ。やめたらそこで終わりだ。ぼくはそれをいつも悲しく思ってきた。みんな自分のことで忙しいみたい。それはたいてい自分以外のことで。
 ぼくはやめないよ。ぼくより続けた身近な人を、ぼくは知らない。
『継続は力なり』なんて格言は関係ない。もしチカラを得たとしても、そのチカラをどこで誰に対して使う? チカラなんか関係ない。
 張り倒されても唄い続けるだけ。非力な方が絵になるってわけさ。