毛ガレナキ友情

 

「ねぇ、冬木くん?」
「なんだい? 権造くん」
「あのぅ……やっぱいいや」
「どうしたんだい? らしくないなぁ」
「友だちだから言うんだけどサ……」
「なんだよぅ」
「きみ、禿げてきてるよ」
「……」
「いや、傷つけるつもりで言ったんじゃないんだ」
「……」
「早めにケアを……と思って」
「気づいてたよ」
「ハゲだけに?」
「薄々、ね」
「じゃあ、みんながきみの事を《掛布》って呼んでる事も?」
「……いや、それは知らなかった」
「ある時は《ピヨピヨ》と呼ばれてるよ」
「……人間不信になったよ」
「でも心配しないで。ぼくはきみの親友だ」
「……」
「知ってるだろう? RCサクセションの歌さ!」
「……」
「きみがぁ〜ぼくぉ〜知ってるぅ〜♪」
「もうやめてくれ! もうたくさんだ!」
「ふ……冬木くん」
「君に僕の何がわかるってんだ!」
「……」
「きみのようなフサ男にぼくの苦悩がわかってたまるか!」
「……怒るとハゲるヨ」
「ウルセー! このエイプ野郎!」
「バ、バッキャロウ!(パチーン」
「イタッ! なにしやがる!」
「いつまでウジウジしてやがるんだ! えぇ?!」
「……」
「たかがハゲじゃねぇか!」
「……」
チンチラスフィンクスになっただけじゃねぇか!」
「……エ」
ムクドリ蒸し鶏になっただけじぇねぇか!」
「言い過ぎだろ!」
「すまん……つい」
「とにかく、きみは何もわかっちゃいない」
「じゃあ聞かせてもらおうか」
「ハゲの生き方には三種あるんだ」
「ほう?」
「誤魔化しながらのバーコード型」
「うん」
「カツラ型」
「うんうん」
「スキンヘッド型」
「うん」
「先の二つは、苦しいが所謂一般的な社会生活は営める」
「でもバレバレだぜ?」
「そう。しがみついている」
「風前のともし毛に?」
「毛じゃない。体裁に、だ」
「なるほど」
「剃髪には覚悟と準備が必要だ」
「うん」
「ツブシが利く分、怪訝される」
「そうかもな」
「しかもある程度ゴツくないとサマにならない」
「確かに」
「もやしのスキンじゃ……」
ムンクの叫びだもんな」
「もしくは《カラテカ》だ。“芸術の人”になっちまう」
「そうかぁ」
「おれが思うに――」
「うんうん」
イカツいスキンヘッドの人は、仕方なく厳つくなっている」
「不可抗力か」
「髪の毛で生き方が変わってしまう例は、実は沢山あるんじゃないかな?」
「あるかも知れないね」
「ハゲの唯一の長所は、覚悟を決められる事だろう」
「でもその前に、三種から選ばないとさ」
「……まぁ、そうなんだけど」
「とりあえず、生活習慣を変えてみたら?」
「月並みだなぁ」
「栄養バランスの良い食事と、規則正しい生活だよ」
「ちょっと待ってくれ!」
「なんだい?」
「きみの理屈には大いなる矛盾がある」
「どういう事だい?」
「巷のホームレスを思い出して欲しい」
「……アッ!」
「彼らはロクに食事もせず、劣悪な環境で寝起きしながら……」
「フサフサだもんね!」
「インドの苦行僧もだ」
「でも、ラム・ダスはハゲだったぜ?」
「例外、彼は悩みが多すぎる。つまりさ――」
「つまり?」
「彼らがフサ男なのは、ストレス社会から脱却したからさ」
「で、脱毛を免れたと?」
「そう。エス毛ープ」
「“頭皮行”ってことか」
「きみはいいよな、権造くん」
「……」
「毛が多くてサ」
「多くはないよ」
「どう見たって多いじゃないか」
「……じつは」
「なんだい?」
「一本なんだ」
「……?」
「ぼくの頭には毛が一本しか生えてないんだよ」
「……何を言ってるんだい?」
「近くでよく見てごらんよ」
「濃いよ、普通に」
「もっとよく見てよ。太さがまばらだろう?」
「本当だ!」
「外側は乾いていて、内側が湿っているだろう?」
「うん、色も違う」
「シャンプーのCMで見た事があるだろう? 髪の毛の断面図をさ」
「……ア」
「裂いてるんだよ、毎朝」
「……」
「ストリングチーズみたいにさ」
「ご……権造くん」
「ぼくは多毛じゃないんだ」
「……」
「太毛なんだ。それも異常に」
「理髪はどうしているんだい?」
「行きつけの宮大工に頼んでるよ」
「費用がかさむだろう?」
「うん。まずは神社で御祓いをしてからだからね」
「そうだったのか」
「太毛も大変さ」
「ひとつ訊いていいかな?」
「なんだい?」
「もし、権造くんの毛が抜けたらどうなるんだい?」
「……フッ。シュボ(カルティエでジョン・プレイヤー・スペシャルに火を点け)、祖父も親父もそれで死んじまったよフーッ(気怠そうに煙を天井に吐く)」
「抜けたら死んでしまうのかい?」
「そうさなぁ(くるくるとキーホルダーを回しながら)」
「……ハハハ! だいじょぶだよ権造くんは」
「いいよなァ、薄毛は」
「……」
「何万本抜けたって死なねぇんだからよ」
「大丈夫、いざという時はぼくが上から押さえてあげるよ」
「本当かい?」
「本当さ」
「しみったれた夜だなぁ。呑みにでも行こうか」
「ぼくはお酒が苦手なんだよ」
「そうだったな。じゃあどうする?」
ハーゲンダッツでも食べようか」