二日で三人のワンマンショーを観る

 
 土曜
 
 H田くん(http://www.higashidatomohiro.jp/)のドラマーを務めている、友人のD輔が来札してHMVでインストア・ライブ。そこには行けなかったが、夕刻よりD輔の地元で呑むべく、地下鉄で本郷通り商店街へ向かいT英と合流。
 バリバリの中核派の父を持つD輔は、地元では有名で、常連が溜まる番屋にてなぜかD輔の親父と酒を酌み交わす。まともに話したのは初めてだが、めちゃくちゃに面白い親父で、永山則夫狭山事件の話で大いに盛り上がる。とにかくよくしゃべる親父で、目つきは異様に鋭いが、笑顔が美しい人だった。両端の“振れ”が大きい、熱い男だった。ぼくは非常に感銘を受けた。イデオロギーによって動くのではなく、彼は単に弱者の味方なのだ。
 親父の共産トーク・ワンマン・ショーだったので、お代は払って頂いて、近所の焼鳥屋へD輔とT英と三人で呑みあげる。一時にタクシーに乗りススキノへ向かい、T英のバンドメンバー達とちびっと呑む。
 翌日は休日のぼくが「まだ呑み足りないナー」と言うと、付き合いが異様に良いT英は「そうだねー」などと乗ってくる。
 ラサール卒にもかかわらず看護婦のヒモをやっていた男、が雇われ店長をやっている店へ行く事にする。なかなか良い店で、「ちょっと呑み足りない」というときにはうってつけだ。
 ちょっとのはずが、気づけば五時。朝陽を浴びたカラスの羽が眩しい。久し振りに徒歩で帰宅する。
 
 日曜
 
 午後に飛び起きて、お見舞いへ向かう。
 病室の冷蔵庫にあったポカリを飲み干す。
 夕刻、帰宅すると于吉(うきつ。三国志にも出ている仙人の名)からカタコトのメールが来ていたので、片言で返信する。どうやら、欲しいエレキギターを決めあぐねているようだ。ついでに「今夜ライブだから来なさい」と混ぜておくと、意外にも「行きます」と。
 ベガスベガスの前で待ち合わせ。自転車で大通公園を東へブッチぎって10分で着く予定が、よさこいソーランのせいで若干おくれる。
 アメリカ南部を想わせる佇まいのバーへ向かう。自転車の停め場所に迷っていると、于吉が、傍らにあったシボレーのMTBを指さして「この自転車、盗まれないの?」と訊いてくるので、「そんなまがい物、誰が盗むんだい!」と言っておく。
 シボレーだジャガープジョーだの“ネームバリュー”は、自転車の世界にとっては全く関係ない話で、むしろマイナスだ。フレームに『TOYOTA』と銘打ってある自転車を、あなたはどう思うか。豆腐屋の豆腐が、いちばん旨えんです。
 会場は予想よりも盛況で、急な呼び出しに応じてくれた于吉に感謝しつつ、2Fカウンター席で乾杯。
 じつは前夜、D輔から「あんたギターで参加して」と言われたんだった。ぼくは「冗談じゃない!」と言いつつも、愉しそうだな、と思っていたが、この盛況っぷりを目の当たりにして、昨夜の自分の頑なさを褒めた。
 階下のライブが心地よいBGMとなって、酒もすすむ。会話ができる音量でのライブの長所は、よい音が流れた時にふと会話が途切れてしまうことだろう。意識が盗まれてしまうことだろう。
 名残惜しかったが、終電に間に合う時間に于吉を店の前で見送る。その後、楽屋に押しかけてタダ酒を頂く。
 後片付けがあるというので、一足先にK師匠の店へ向かう。最近は自転車での飲酒運転も問題になっているので“手押し”で向かう。自転車乗りの鑑である。
 エレベーターに乗り込み4Fで降りると、なにやらギターを掻き鳴らしている音が聞こえた。K師匠は店が暇なときはいつもギターの練習をしているのだ。
 肩でドアをそっと押して開けると、ぼくを一瞥したあと、お構いなしにブギを弾き続けた。冷蔵庫からそっと瓶ビールを取りだし、そっと栓を抜いて、そっとカウンター席に座る。ピッキングの強度は増し、音量はどんどん大きくなっていった。さらに立ち上がって、アクションを交えてブリバリと弾きまくった。どう振る舞っていいのかわからなかったが、耳は冷静で、K師匠は忠実にブルース進行を弾いているのがわかった。そしておれは考えたんだった――「いまここで、携帯ムビで収録してうpすれば、mixiコミュの面々は噎び泣いて狂喜するだろう」と。そしてすかさずD輔に電話した――「いまK師匠がワンマン・ライブを演っている。観客はおれ独りだ、すぐに来い!」
 ぼくの邪念を感じ取ったK師匠は、ピタリと演奏を止めて、「お前が弾け」とおっしゃった。おそるおそるギターを抱えて弾いてみると、チューニングがオープンGであることがわかった。それを告げると「バカヤロウ、ドロップだよ」とおっしゃった。なるほど、確かに一弦はノーマルだった。5・6弦だけを一音下げたやつだ。
 ぼくは、ジョン・リー・フッカーのブギを弾いた。高校生の時に覚えて、いまだに弾いているワンコード・ブギだ。どうだ、という目つきでK師匠を見てみると、きょとんとしていた。ちきしょう!
 スライドバーが今ここにはないと思ったぼくは、「スライドじゃないとダメっスね」と言うと、「あるぞ」とおっしゃって、奥へ引っこんでガラスを持ってきた。酒瓶の口をカチ割って、断面をヤスリで面取りした本格的なバーがでてきやがった! 腹をくくって、深呼吸してから、演奏したさ。真面目に。それも、気恥ずかしいオリジナルさ。
 さっきの目つきとは真逆の、すがるような上目遣いで訊いたんだ。
「どうスか?」
「最高」
 
 いいタイミングでD輔があらわれて、それから朝の五時まで呑みあげた。