てやんでぇ! っきしょうめぇ!

 
 今日は江戸っ子、ですこでぇ!
 
 最近、仕事が暇なんである。とはいえ寝腐っているわけにもいかず、母が転院したばかりの病院に出向いて色々と手続きをしなければならない。
 まずは前の病院へ医療費の支払いだ。これがびっくりするくらい、高い。
 五月の末に入院して、最初はICUや高圧酸素治療などの特殊なこともあって、八日間で支払額はなんと三十万円強である。無保険ならば百万超えですよ、奥さん!
「おいおい、六月分は一体いくら請求がくるんだ?」との心配は杞憂に終わり、ひと月あたり三十万程度で済んだ……それでも高い!
 およそ二ヶ月の入院で、支払い総額は約八十万円にもなってしまった。
 年金問題で揉めていても、まだまだ日本はマシな社会――『高額療養費制度』というスンバラシイ制度があるのだ。なんと、ひと月で八万円以上支払った場合の差額は戻ってくるんです! 凄い! 食事代などは含まれないので実質の適用額は十万円以上になるだろう。つまり、約五十万円は戻ってくるはずだ。
 問題は、差額が戻ってくるまでのタイムラグが長いことだが(約四ヶ月)、じつは今年の四月から法律が変わって『事前申請』ができるようになった。「予め適用後の支払額で済む」わけだ。これは入院が長引く場合には便利で有り難いシステムだ。
 そんなわけで社会保険事務所に出向いて申請してみると、あっさり通ってしまって拍子抜け。うむ! まだまだすてたものじゃないぞニッポン! 健康な人間にとっては高い保険料だけど、ぼくは払うぞ! と心に誓ったのでした。
 
 帰り道、ふと思い立って巨大書店〈コーチャンフォー〉に寄る。
 某SNSの愉しみのひとつとして、某作家氏の日記を盗み読むことが挙げられるが、その作家氏は人気も実力もあり、某新人賞の選考委員を務めておられる。ゲラ読みの段階で絶賛していたその作品は、選考会で満場一致となって受賞したようだ。他の選考委員もかなりの有名どころで(soichiko絶賛のK.S氏もおられる)、エンタメ系の新人賞ではもっとも豪華な顔ぶれだといえる。
 ぼくは素直に、読んでみたいと思った。文芸誌なんてものを買ったのは、これで二回目だ。
 一度目は数年前、綿矢りさタソが出ていたのでミーハー心で〈文藝〉を買った。
 そこで、S.Hという作家が特集されていた。ぼくはその作家を知らなかったが、インタビューを読んで反吐が出た。
 柔道黒帯にしてクラシック・ギターの達人etc. とにかく“いけ好かない奴”だった。ぼくはもう二度と文芸誌なんざ買うまい、と心に決めた。誰かが言った「知性を自慢する人は、自分の独房の広さを自慢する囚人のようなものだ」という言葉を思い出したんだった。のちにS.Hが、某文芸評論家に「ひどく無害なコスチュームプレイ」と酷評されているのを読んで、ぼくはうひゃひゃひゃと嗤った。
 さてさて生涯二冊目の文芸誌、お目当てはどこの誰とも知らぬ馬の骨が書いた長編小説である。長いぜ、読み切るまでは。数時間かかる。面白くなかったら、ブッ殺す!
 パラパラと捲ってみる。
 意外だった。時代小説だった。
 舞台はお江戸、女形の役者がひしめく楽屋――ぼくはすぐさま深沢七郎を想い出した。彼は不屈の名作〈楢山節考〉をストリップ劇場の楽屋の隅で書いたのだ。
 さらに読み進む。慣れない旧い言葉も、だんだんと馴染んでくる。歴史音痴のぼくでも充分に読める。そしていつしか物語に惹き込まれてしまう。
 居間にあった扇風機を寝室に向けて、寝返りを打ちながら足の裏の汗を乾かす。
 面白いかも。ってゆーか、面白いぞ、これ。
 嗚呼、読み進むのが勿体ない。どうしてくれようか。
 一気に読み終える。もっと続けて欲しかった。
 誰も死なない、悪人もいない、エンタメとしては珍しい物語だった。
 けれど、強く思った――「おれも江戸時代に行きてえよぉ! おまいさん!(すっかり女形)」と。
 
 紛れもない傑作でござんした。平伏。