たとえばこんな道理だって

 
 この世は犯罪で満ちている、ですこです。
 
 名古屋で起きた凄惨きわまりない強盗殺人事件、被害者はさぞかし無念だったろうし、親族の心中たるや、もはや察することもできない。
 大の中年男が三人も雁首揃えて、金目当てで、それもたったの数万円のために、見ず知らずの、たまたま通りがかった女性を狙っての犯行だった。
 大馬鹿野郎という罵言すら生温く、それでいて鬼畜にも劣る、人間の屑以下の糞だが、でも糞にはまだ利用価値があるのでそれ以下の、なんの栄養もない水とか、いや水は必須だ、どうしよう、水しかないやつ、どこにでも溢れている水を、自分の体内に貯め込むしか能のない水人間だ! この水野郎! 水野晴郎じゃねえぞ!
 
 こいつらは最初っから間違っている。
 犯罪、特に営利目的の犯罪は独りでやらなければならないし、そうしないと必ず足がつく。社会という巨大なフィールドの中を、独りで跋渉していゆくのが真の犯罪者だ。
 計画して、リサーチし、何年も掛けて勉強し、好機に実行する。もちろんリスクの吟味は終えていて、たとえ懲役を喰らっても口座には数億が残っている。
 詐欺で十年以上喰らう場合は、集団詐欺だ。量刑には社会的影響力が加味されるので、やはり独りでやるべきだ。オレオレ詐欺なんてのはやるべきじゃないし、単独でやれば上限はせいぜい八年だろう。無差別に手当たり次第、なんてのは愚の骨頂だ。まずは嗅覚を鍛えるんだ。そうだな、誰でも入れるライオンズ・クラブがいいだろう。ちっこい有限会社の社長でも会員になれるから、まずはそいつに接近しろ。考えてもみろ、“ライオン”なんて冠する公の団体に、福祉精神をもってる人間なんかいるわけがない。王者気取り、こういうやつらがいちばん容易いんだ。初期投資は、スーツと理髪代だけで済む。時計も入れて十万円で足りるだろう。ロレックスの贋物で充分だ。問題は振る舞いだが、面の皮が厚い人間がさらに仮面を被っている世界なので、厚めのが一枚でこと足りる。これはきみが今まで被ってきた仮面よりもずっと薄く、通気性もいいはずだ。あとは声の大きさ、あるいは声の通り方だ。ソウルシンガーを参考にするといい。マーヴィン・ゲイよりもスライ・ストーンを勧める。緩急があり、どんな時にでも上擦ってはいけない。その輪郭のまま複数と名刺交換をしろ。載せている会社の事業はきみが得意な分野でいい。得意な分野がなければ、興味でいい。それすらないのなら、やめたほうがいい。それでもやりたいのなら、勉強をするべきだし、“しなければならない”!
 
 きみは営利目的の犯罪のために、猛勉強を開始する。
 車の運転はもちろん、頭と体の差違を感じて体も鍛える。そして辞書を引いて〈悪〉の本来の意味が〈強者〉であることに大きな興奮と小さな羞恥を覚える。待ち時間にスポーツ新聞を読んでるようなタクシーの運ちゃんなんかには負けないくらい地理にも詳しくなって、時間は体内時計で感知するようになる。そうして昼間に物色していると、なんだか老人と仲良くなってしまっていく。クソッタレの世界だったのに、いつのまにか従業員を抱えるまでに、きみの悪意は“成長してしまった”。そして従業員は結婚し、きみは壇上でスピーチするはめになる――
「えー、元来この会社はー、犯罪を目的として興した会社でありましてー」
 満座大爆笑だ。
 
 二次会を断って、誰もいない夜のオフォスへ、ひとり戻る。
 片肘をついて、メモ帳に無為なのの字を描く。
 午後九時頃、扉がそっと開く。
「いやいや〜、お会いしたかったですよ、社長!」と、贋物のロレックスを巻き付けた男が現れた。
 抱きしめてやりたい衝動に駆られたが、苦労して寄せた眉間の皺も、ひくひくと笑い始めている。
「社長! 今度ライオンズに連れて行って下さいよ!」
 きみは一瞬だけ男を睨み付けて、久し振りの爆笑のあとに、真顔で男を追い返す。