その天使の旧姓は 〜KAWAKAMI〜

 
 暇なのか忙しいのか、労働時間は短いけれど休日がないですこです。
 休日の最大の喜びはその前夜にあるわけで、くでんぐでんになろうが、朝まで漢和辞典を読み耽ろうが思いのままだ。それを享受できない悲しみと、でも平日の午後から遊べる愉しみとを秤にかけてみる。うーん、微妙だ。不満を言えばきりがないので、空いた時間でなにかしよう。そう、オナニーを!
 
 信州庵で味定(天丼&蕎麦、609円也)を喰ってから、実家へ向かって溜まった郵便物の整理と留守電のチェック。いくつかの通帳を記入しに出向いたついでに、引っ越し用のダンボールをスーパーで調達する。すっかり大量に溜まったダンボールは五十箱近くになった。荷造りは、今月にまた帰省してくる姉と、兄と嫁がやるらしい。ダンボールの調達と、不要な物を廃棄するのがぼくの仕事なので、缶コーヒーを飲みながらぷくいち。ふと、以前に逃がした亀を想い出して様子を見に行ってみる――居なかった!
 お見舞いへ行くついでに、巨大ホームセンターに寄る。母が「靴が滑って仕方がない」と嘆くので、なにか良い方法を探すべく店内を徘徊する。
 リハビリ用の靴というのはもともと滑りにくくできているものだが、母の要望は特殊で、足も使って車椅子を漕がねばならなく、そのためには通常の靴で想定されている滑りにくさはあまり役に立たない。以前に〈シェリーの店〉という靴修理や合い鍵の制作などをやっているお店に改造を頼んだことがある。こういったお店は、身障者の人がやっている場合が多いので、説明するとすぐに理解してくれた。カカトにゴムを貼って、抵抗を強めた。母は、具合がいいと気に入っていたが、すぐに減ってしまうのが難点だった。
 そこでぼくは考えた。ゴムよりも軟らかい物質、シリコン系はどうか。硬い塩ビタイルに拮抗して摩擦するのではなく、いったん潰れてからぷにゅうと床を舐めるような、人を喰ったような物質がいい。理想にいちばん近いのは、台所などに目張りされているコーキングだった。靴底にはボーダー状の溝があるので、紙テープで周りを養生をしてから面よりも少しはみ出すくらいに、溝にコーキングを注入するのはどうか。でっかいコーキングを握り締めながら思案したことは、仮に減ったとしたらもうその靴はおしまいだということだった。コーキングにコーキングを施すことはできないのだ。
 
 店内をぶらついていると、調理用品のコーナーを見つけた。思わず買ってしまう。

 いま使っている中華鍋は、もう六年くらい経った無印良品製だ。ほとんどの料理はその鍋だけで作ってきたが、そろそろ痛みが激しくなってきて、それに平らなフライパンも欲しかった。テフロンは、ぼくは使わない。油が跳ねて危ない。焦げてこびり付く料理の代表選手はやきそばだが、あれは説明書通りに水を入れるから焦げ付くのであって、ソースが粉状の場合はそれを絡めやすくするために水を入れるわけで、液状の場合は一息に入れてしまうから温度が下がってしまうわけで、粉状ならば少量の水で予め溶いておいて少量ずつ、液状の場合も同様にすれば焦げることはないし、なにより水分は野菜から出ている。“やきそば”といえど所詮は茹で麺だ。当たり前だけど、焼きすぎると焦げますヨ。
 焦げるのは鉄鍋のせいじゃない。それにあの重さがいい。「あー、めし作ってるぜー」という感触がいいじゃないか。そして長持ちする。あと五年は使える。
 嗚呼、クソ重いスキレットが欲しい。あいつでステーキやハンバーグ、餃子を作ったら旨いぞー!
 
 かつてG嬢にノートパソコンを貰ってからだいぶ経ったが、やっとアダプタを入手できた。「アダプタが見当たらないから適当に入れといた」と、G嬢が同梱していたアダプタはファミコンのアダプタみたいな貧相な代物で、一目で「それじゃねえよ!」と解る物だった。更に「おまけでLANケーブルも入れといたから♪」と言ったそれは明らかに電話線、黄韮みたいなモジュラーケーブルだった。
 アダプタを入手するまでに時間が掛かった理由は、その特殊な仕様のせいだった。いまどき『19V 4.74A』という仕様のノーパソはあまり存在しない。やっと見つけた販売先は、香港だった。佐竹チョイナチャイナ、どうも偏見してしまう。けれど、もうそこしか頼みの綱はないので送金してみる。一週間ほど経って、無事に定形外郵便で送られてきた。
 早速、起動してみる。Delを押してもBIOSに行かないので、ネットで調べてみると「ESCを押しながら電源ボタンを押してさらにF1を押すべし」、との有り難い教示を発見する。BIOSのバージョンを確認して、ほくそ笑む。
「調子がいいと起動するけど、時間が経つと勝手に切れる」と言ったG嬢の症状は、明らかにノーパソにありがちな熱暴走だと思われた。型番を検索すると、メーカーは早い時期から対策を講じていて、BIOSは1.90になっており、このノーパソのBIOSは1.40だった。つまり、BIOSをアップデートすれば“100%直る”ってわけだ。
 CPUはセレだが2.5GHzと、なかなかに高スペックだけどMem192MBはあまりに少ない。中古のパーツをゲットして一新し、サブマシンにするぞ! と言いたいところだが、このPCは友人にあげるつもりだ。
 彼が古いiMacから脱却し(まじで旧いやつ)、MSオフィスやらを習得し、自立すればいい。なんらかの障害を負っている人が自立するためには、周りの支援が必要だけど、その支援というのは、自力で立てない人のパンツのゴムを両手でつまんでちょっと持ち上げてやるだけでいいことと等しい。
 誰が詠んだか知らないが、こんな詩があったっけ。
 
 靴下を、たぐり上げる要領で、おれを肯定したいときもある
 
 ぼくなら最低でも三万円で売っていただろう、壊れていないパソコンを、無償でくれた太っ腹のG嬢に、最大限の感謝を。
 ありがとう。