野生我慢

 
 二週間ぶりの休日だが、目覚ましはいつもの時間にセットしておく。
 そして五分毎にスヌーズが鳴るたび時計を叩き付ける、という笑顔の虐待。年季の入ったこの時計のスイッチは、叩かれ過ぎて塗装が剥げており、秒針は抜け落ちている。それでもなお正確に時を刻むというひたむきさに、敬服の念を抱かずにはいられない。
 けれど、もし生まれ変わることが出来たとしても、目覚まし時計にはなりたくない。同じ時計なら、ナースウォッチがいい。もしくは女子校のスクールクロック。少しでも青春を引き延ばすためにわざと遅れてみたり、たまに長針を肥大させて。
 SEIKOの目覚まし時計は正確かつ堅牢だ。アナログタイプの電波腕時計もあるみたいだけど、あれいいなぁ。毎日つけない場合、自動巻は本当に面倒臭い。ワインダーとか、三日でやめたし。でもかっこいい時計ってだいたい自動巻なんだよなぁ。しかも時計って、どんどん高価な物が欲しくなるから不思議だ。むしろ高価じゃないと売れないだろうな。たかが時計のくせに生意気だ。
 
 昼に起床して、少し手の込んだ朝食を作る。これ、けっこう幸せ。
 
 いまさら『アメリ』を観る。
 主人公が可愛い。昔の中島みゆきと元サッカー選手の武田修宏を足して2で割ったような顔に見えないこともない。「奇跡的な出っ歯」だ。
 やっぱりフランスはシモネタに寛大だと思った。洒落てればちんぽも可という気っ風の良さがある。あと、フランスに限らず欧米はセックスまでの期間が短いし、イベントにこだわらないと思った。直感的なんだな。
 昔と比べると今の日本も欧米化しているんだけど、どこかで躊躇いがある。けれど日本の小説では意外と簡単にセックスしているし、実際のところ日本人もけっこう簡単にセックスをしている。
 つまり、映画や小説でそれを見せられることに抵抗があるのではないかと思う。それは映画や小説が、読み手の倫理観にチクッと小針を刺しているのかもしれない。嫌悪しながらも赦されているという実感、それはセックスそのものだ。
 
 いまさら『ディープ・インパクト』を観る。すぐに消す。
 
 いまさら『ダイハード3』を観る。立て続けに消すのもアレなので、ギターを弾きながら鑑賞するも、最後の方でやっぱり消す。
 
 めきめきとフィンガー・ピッキングが巧くなる。神経と筋肉が徐々に繋がっていく様を実感する。そうなってから初めてニュアンスを表現できるようになる。
 つまらない映画は、ギターを上達させる。
 
The Durutti Column』を聴きながら昼寝する。本来、レスポールはこういう音を出すために開発された。サスティンの長い、透き通るような音。
 
 起床してスーパーに行くと、TENDERLOINとロースが安かった。パン粉とサラダ油を買い込み、小一時間かけて大量のカツを仕込む。手際の良さは、そこいらの主婦に負ける気がしない。
 
 絶版で入手困難だった谷川俊太郎さんの『定義』をゲットする。500円也。
 この異色の詩集を、噛み締めるように読み耽る。やはしこの人は宇宙人だ。もうそこには居ない!
 
 漠然と、しかし確実に、経済が悪化していることを感じる。
 ガソリンを始めとした物価の高騰によって、まずは不動産の破綻から始まるだろう。水面下ではすでに始まっているが、それがニュースに取り上げられた頃には、時すでに遅し、のような気がする。
 しかし、底辺の人間にとっては他人事だ。「おまえだってやばいぞ!」と言われても、どこ吹く風ですわ。大丈夫、なにも心配ない。南に飛んで野宿できればノープロブレム。
 
 江東区のマンションで女性が行方不明になった事件で、犯人が捕まったらしい。
 容疑者は隣人で、こうなるとオートロックは役に立たないと思われるかも知れないが、それは全く逆だ。
 オートロックと防犯カメラがあったからこそ、この事件は解決したと言える。
 警察が全住民の指紋を採取することができたのも、そういうマンションだったからであり、これは任意捜査の限界とも言える。
 つまり、これがボロアパートだったのなら、未解決事件だった可能性が極めて高い。
 とはいえ、事件を未然に防ぐことは、なにを持ってしても不可能であることを証明している。
 犯人は、死体を細かく切り刻んで隠滅を謀ったようだ。
 ぼくは元・犯罪マニアなので(最近はあまり関心がない)、死体解体者の手口を知っているし、そのほとんどが途中で力尽きてやめてしまうことも知っている。
 彼らは漏れなく包丁や斧やマサカリを用いているが、或る死体解体者は意外な物を使って切断を行った。
 カミソリだ。それも5本で100円のやつ。ボンナイフ。
 供述に基づいて、捜査官は食肉業者を呼んで「カミソリで解体は可能か?」と訊くと、業者たちは「わははは! そんなバカな!」と一蹴した。
 腑に落ちなかった捜査官は、豚肉と豚骨を買って試してみた。いとも簡単に切れた。
 まあ、もういいか、そんな話は。ごめんね。人を殺さないでね。あと、人を傷つけないでね。暴力はいかんよ。いじめもだめだよ。優しくね、優しく。あ、忘れてた、自殺すんなよ。
 
 神の啓示によって、久し振りにペンタブを引っ張り出す。
 

 ジョルジュ・ビゴーがぼくの肉体に降臨した――と思いきや、「野性」という誤字を発見して、すぐに死にたくなった。
 瀕死なので、直すこともままならない。
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