命の旨味とその比率

 
 こないだ山かけを作ってから長芋ブームである。マグロを買わなくとも、太めの千切り(百切り?)にして刻み海苔をまぶし、酢醤油(7:3)をかけて喰うとうまい。
 長芋の凄いところは、芋のくせに生で食べられることだ。でも揚げても美味しいよ。
 今では当たり前だが、お好み焼きに長芋を混ぜることを知ったのは、少年時代に読んだ漫画からだった(タイトル失念)。それはとても画期的だと思えたので、母に頼んでお好み焼きの粉に長芋を投入してみた――結果は普通だった。
 じつは、ぼくはお好み焼きがあまり好きじゃない。どうしても「粉と具と玉子を混ぜて焼いただけじゃねーか」と思ってしまう。それを告白すると「きみが本当に美味しいお好み焼きを知らないだけだ!」と言われてしまい、心優しき人は「うまいところがある! 一緒に行こうじゃないか!」などと連れて行ってくれるのだ。
 ぼくにはサッパリわからないことだが、彼は絶妙な焼き加減で仕上げ、ヘラで8等分に切って「さあ食べて!」と眼をキラキラさせている。「うん、美味しい」とは言ったものの、やっぱりお好み焼きの味だった。お好み焼きはお好み焼きを越えられないのだろう、と思った。それはどんな料理も同じかもしれないが、お好み焼きには特にそれが現れているように思えた。
 かつて東京に住んでいたとき、親切な人が「じゃあシモキタの有名な店に行こう!」とぼくの腕を引っ張り、“連れて行かれた”。電車の中では「ですこくん、広島風はね」などという講釈が続き、到着した店は長蛇の列ができていた。「たかがお好み焼きのために電車に揺られて、更に1時間待ちですと?」という顔は隠しておく。
 カウンターの正面に鉄板があり、熟練の店員が小気味よくお好み焼きを焼いている。水気の多い生地をクレープを作るときの要領で薄く伸ばし、大量のキャベツを乗せる。隣に生卵を落とし、キャベツをのせた生地を裏返してそれに被せてから、両ヘラで“一回転”させた。
 親切な人が「なんで回転させたか、わかる?」としたり顔で訊いてくるので、「わかりません」と応えると、「んふふ。白身と黄身を混ぜるためだよぉ!」と言って、同意を求めるような上目遣いで店員を見た。
 で、食べた。やっぱりお好み焼きの味だった。広島風と言えども、マヨネーズへの依存度の高さは同じだった。
 一応断っておくが、ぼくは焼きそばとタコ焼きは大好物である。さらにチヂミも大好きだ。だが、なぜかお好み焼きだけが遠いのである。思うに、それはかつて読んだ漫画のせいだと思われる。食べたことのなかったお好み焼きが、その漫画では劇的に美味しそうに描かれており、ぼくの幻想があまりに巨大だったのだろう。
 あと、ネーミングが悪い。べつにお好みじゃねえし(そこはいいだろ)。
 
 
 アサリが安かったので買っておく。砂抜きをして味噌汁をこしらえる。不必要かも知れないが、保険で昆布を敷いておく。
 アサリは矢張し、うまし。劇的な旨味である。
 その度に想う――「昆布も貝も大量にあるんだから、海は巨大で上質なスープだ」と。同時に、あんだけ塩っ辛い場所にいるんだから、海洋生物は漏れなく味オンチなんだろうと。
 例えば、海水から塩分を抜いてそれを啜ってみるとしよう。塩気はないが、今度はその旨味に耐えられないだろうと予測する。ありえないくらい大量のほんだしを入れた味噌汁を想像してしまう。
 九州の長浜ラーメンなどは、豚骨が跡形もなく砕けるまで煮込むことによって独特の旨味を出すわけだけど、あの旨味に耐えられるのは“命の数”が少ないからだと仮定してみる。
 つまり、一杯のラーメンに対して何本かの骨が凝縮されているうちは旨味を感じられるが、それが十頭分だとしたらたぶん耐えられない。そのときの嫌悪感は、海水を飲んだときと似ているのではないかと。
 味噌汁やボンゴレに入っているアサリの数は、せいぜい十個くらいだが、クラムチャウダーにはそれ以上の貝群が入っている。ホワイトシチューにおまけ程度で入っている貝類はむしろ喜ぶべき食材だが、クラムチャウダーみたいに命が多すぎると旨味に耐えられなかった。実際、レストランでは一口啜ってやめてしまったこともある。
 かつて、母は常に何か料理を作っており、それは大抵煮物だった。いい香りがしてきたので大きな鍋を覗いてみると、大量の親指大の肉を転がしていた。軽く100個はある。
「それ、なに?」
「ハアト♪」とおどけて見せてから、つまんで口に放り込んだ。
「ハアト?」
「そう、鶏の心臓」
 命の象徴を大量に煮っ転がしている母を見て、空恐ろしくなった。こりゃかなわん、と部屋に逃げてカセットテープを再生する。高校時代の後半、ぼくはブラック・ミュージックに傾倒していた。HEARTの唄がやたらと多い。
 案の定、母は弁当箱の隅っこに心臓を詰めていた。箸でつまんでまじまじと見つめてみると、ハート型に見えなくもない。
 ひとくち喰ってみると、めちゃくちゃにうまかったけど、最後の5個目で飽きた。
 
 あー腹減った。命を食べたい。小鉢に5個で、計6個くらい。