こうしてお金と人はまわるのです

 
 親戚のKから結婚式招待状を返送するようにと催促の電話がうるさい。しかもあろうことかぼくの母にまでも招待状を送っているらしい。これはちょっとイラッと来たぜ。
 これがしょっちゅう会ったりしてるんならぼくだって出席するんだけど、十年に一度くらしか会わない上に、彼の結婚は二回目ですからね。
 よほど人が集まらないと見えるんだけど、そうなったのは本人の生き方が問題であって、だったら少ないなりにこぢんまりとやればいいものを、結構なホテルでやるというんだから、そのコンモリとした虚栄心を見せつけられるとこっちだって尚更行きたくないわけで。
 要するに、都合の良いときだけ擦り寄られても困るぜということ。あと、Kは昔っから人におねだりをする人間で、よくぼくの母や姉や兄に(ぼく以外全員に)タカってたな。それも閉口するくらい。人間っちゅーのは変わらないのかな。
 とはいえ欠席に○を付けた葉書だけを送るのもなんなので、ご祝儀袋買ってきて書留で送りましたよ。ええ、大人でしょ? 運良く少しだけ皺になったピン札(?)があったので、福沢さんを一枚入れておいた。一瞬だけ野口さんにしようかと思ったけど。
 そりゃあ曲がりなりにも親戚なので幸せになっちまえとは思うんだけど、冷静に考えてみると、まともじゃねえなと思う。
 買ったのは中古の一戸建てなんだけど、当然ローンは背負うだろうし、前の嫁さんが再婚したのかは判らないけど養育費の支払いもあるかも知れないし、連れ子は二人いるわで――なによりKはそれほど稼ぎがないんだ。
 確かKの兄と同じ職場で、兄の方はもうずっと勤めてるんだけど、Kは一度辞めて出戻ってるんだよな。復職といえば聞こえはいいけど、大抵の場合は待遇がリセットされるから、やっぱり金はあまり無いと思う。
「兄と同じ職場に出戻り」と書けばおおよその人物像が浮かぶと思うんだけど、適応能力が低い故のタカリ癖なんだろうな。
 家を買うってことは家財一式を揃えることなので、かなり金が掛かる。ましてや派手目の結婚式を咎めることもない嫁が相手となると、借金がどんどん増えていくことが容易に想像がつくし、故にタカリ癖に拍車が掛かると。
 返信の葉書に「こんど遊びに行きます」と書こうと思ったけど、行ってしまうとタカられるのは目に見えているので無難なフォーマットで済ませた。
 昔いたよね、やたらとタカるやつ。みんなが楽しく話してるとき急に「あ、これちょうだい」とか言い始める大馬鹿野郎。たぶんそういう奴って、おねだりが叶うことで自己の存在を確認しているんだろうけど、大人になってそれはヤバいでしょ。
 大人がおねだりをする場合はコミュニケーションツールのひとつとしてであって、対象の優越感を満たすために軽い隷属化を演じることによって、関係を円滑するために用いるのがほとんどだと思う。しかし、ここに卑屈が介在すると逆効果になるだろう。
 もっとも、上の人間が下の者に与えて「マジでいいんッスか?」という形がベターだが、真逆も効果的である。
「お前のそれいいな、寄越せ!」と強引に奪うのだ。下の者は渋々手渡すが、物質が自分から離れたとたん、ある種の爽快感を覚える。捧げる悦びとは、つまり未来の肯定である。献上したのだから何らかの利益がもたらされる、と考える。そのカタルシスの強さは、物質の価値と比例する。
 
 かつて、某T先生に腕時計を奪われたことがあった。
 それは買ったばかりの腕時計で、気に入っていた。あまりにしつこいので嫌々ながら手渡すと、その場に居た某稲氏が「じゃあアタシはT先生の時計を貰っちゃう!」と言って、某T先生はそれを快諾し、某稲氏ははしゃいでいた。
 ぼく以外が、はしゃいでいた。それを尻目に、ある種の幸福感がぼくを支配した。
 某T先生は、人をトロけさせる術に長けているのだ。
 それからしばらく経って、某稲氏から電話が来た。
「T先生が時計のお礼をしたいと言っていますが?」
 すでに諦めていたので、驚いた。というか、ぼくはそのとき既に新しい時計を購入していた。それも、結構高いやつ。だから、もう忘れていた。
 好機だと思ったので「DS! クリムゾンブラック!」と伝えると、某稲氏は「フフフフ、判りました。伝えておきます」と言った。
 数日後、DSを手にした。正直、「なんかソフト付けてよ!」とは思ったが、すぐにビックカメラへ走ってマリオと文字ぴったんを買った。
 それから数ヶ月後、不意に宅急便が届いた。ぼくはネットショップをよく利用するので、届くべき荷物を完璧に把握していただけに、とつぜんのチャイムが不穏に思えた。配達員が持っている伝票を見ると、送り主は某T先生だった。爆弾(あるいは生首)ではないことを確信して、押印する。
 中身に頭を巡らせた。以前に頂いたライカの付属品かと思ったが、そこまで凝らないだろうとも思った。
 箱を開けると、捧げた時計一式と紙片が入っていた。そこにはこう書かれていた。
「大事な物を奪って悪かった」
 ぼくは笑った。そしてすぐさま「DSは返しませんぜ!」とメールを打った。速攻で「もちろん」との返信。
 
 おねだりは、しないほうがいい。