沈黙の乾物

 
 つぼ鯛マニアですこです。世界で一番美味しい焼き魚だと信じて疑いません。珍しくこないだスーパーで特売しとりまして、嬉々として買ったんですが、今日行ったらもう無かった。やはり買い占めておくべきだったかな。でも魚て冷凍で保つのかな? どうもわたしはナマモノを長期間冷凍保存をする事に抵抗を感じてしまうんです。ですから、余って冷凍保存しておいた肉が一週間を過ぎたと判れば捨ててしまうんです。普通、一度解かしたモノを再度冷凍してまーた解凍するのってイヤですよね。私は、スーパーに並んでいる肉や魚は一度冷凍したモノが並んでいる、と認識しとりますので、それを買い冷凍庫に入れるという事は再度解凍となる訳です。ですから冷凍保存が怖いのです。
 こういったある種の神経症的な杞憂の所以はトラウマなのです。あれは私が中学一年生の時でした――
 当時わたしは部活をやっておりました。バレーボール部です。特にバレーが好きだった訳でもないのにバレーを選んだ理由は、その中学では代々バレー部が不良の巣窟であり、そういった不良たちがスポーツをする姿に思春期特有の歪んだ羨望でもって焦がれていた事にあります。そしてなにより、女子部員がアタックする時に垣間見えるヘソに萌えておりました事も告白しておきます。
 そんな不純な輩の集合ですから、当然練習は練習にはならず、他と共用の部室は喫煙室になり、バレーボールを金属バットで打つという新しい球技も発明しました。監督は初老のT先生でしたが、我々は「T先生」とは呼ばずに「Tさん」と馴れ馴れしくも軽々しく呼んではTさんにボールをぶつけては「ウーキャキャキャ!」と笑い転げる始末。もはや監督ではなく飼育係である。
 それでもみんなバレーが好きになった。スポーツってほとんどは実践すれば好きになるし、そこがスポーツの良いところだと思います。そうしてレッドビッキーズならぬブラックビッキーズの初試合、隣町の対戦相手は見るからにバレーが巧そうだったが、羊のもやし和えみたいに意志がなかった。我々はネット越しに必死でガンを飛ばす。そうでもしなきゃ絶対に勝てない。一番近いセッターには「その大事な指を折られたくなかったらすぐに突き指を装って二軍と代われ」と小声で脅し、アタッカーにはブロック隊がタッチネットを装って頭突き。そうしたラフプレイも虚しく当然の如く大敗を喫す。試合後、昼飯を兼ねて煙草を喫す。メンバーの一人が昼飯を持ってきていなかったので、母が作ってくれた鮭のおにぎりを彼に渡す。
 これは全ての息子が思う事だが、わたしの母が作ったおにぎりは旨い。事実、彼はむしゃむしゃと食べていた。それを見ながらわたしは母の掌を誇った。

 そうして翌日の学校、彼は欠席していた。聞けば入院しているという。早速病院へ出向いて話を聞くと食中毒らしい。どうやらおれがあげた鮭のおにぎりが当たったらしい事は確実と思える内容だった。それを母に告げると
「そんなはずはない! だってアンタは無事じゃないのさ!」
 と激昂していたが、二つのおにぎりのうち、俺が食べたのはカツオのおにぎりだったという事は黙っておく事にした――

 そういった経緯でわたしは生魚には用心深いが、乾物は絶対的に信頼しているのであります。