推定無罪

 
 ちくわ男ですこです。
 先日、大家から電話がありましてん。ここ数日ヤケに上階が煩いなァ、と思っていたら引っ越しらしく、それについては合点がいったのですが、大家の本件は「水道管を替えますので、上階の管はですこさんの部屋を通っているので、明日お邪魔しても宜しいですか?」との事だったが、電話が来たのは21時、工事は翌朝9時だという。その時間帯はおれは留守だ。ちょっと非常識じゃないですかー、とは言わなかったが、釈然としないまま干してあったパンツは仕舞ったが靴下はそのままにしておいた。だってサンタさんが来るかも知れないじゃん? じゃん?
 さすがに21時から掃除をする気にはならないので、取り敢えずちゃぶ台にルソーとかゲーテとか“真面目な本”をこれみよがしに載せて置きました(マメやのぅ)。
 
 当日、仕事を終えて帰宅すると工事の名残は全くなかったが、『部外者の残り香』は在った。おれは抜群に鼻が良いのだ。おれに限らず皆さんもそうだと思う。部屋は全く荒らされていないのに不可解な雰囲気を察知した場合、まず“におい”で感知すると思われる。人間も動物ですから、鼻は非常に重要な器官であります。しかも「鼻は記憶と直結している唯一の器官」だ、とわたしは思っています。韓国人がお祝いごとの度に臭いエイを食べるのも、臭いでもって記憶に刻み込むためだと思います。
 懸念していた通り、大家がおれの部屋に入った目的は「工事」ではなく、恐らくは大家の権限を行使した素行調査だと思われる。そもそもわたしのアパートは不動産が仲介していない、直である。家賃は月末にこちらから出向いて手渡すタイプの、昔ながらのシステムだ。
 思えば数ヶ月前に、斜め上の住人が引っ越した。それに次いでおれの上階も引っ越した。たぶん大家はおれを疑っているのかも知れない。そう、確かにおれは怪しい、すこぶる怪しい。「怪しいーっ」と、生まれてこのかたずっと言われ続けてきた。「ですこさん、怪しいっス」と、後輩のヤクザにも言われた事があるくらいだ。もしおれが大家なら、真っ先におれを疑うだろう。
 そもそも界隈の治安は悪い。事実、このアパートも数回イタズラされている――おれ以外は、だ。だがよ、おれじゃないんですってば。わたしが極めて常識的で温厚且つジェントルメンだって事は、あなたたちなら解るよね? ね? うん、て言え。寝顔におでんのはんぺん載せるぞコノヤロゥ。
 おれはなにも悪いことはしていない。それでも世間に疑われるのは、ただ少しばかり男前なだけだって事だと思うんですよねー(原因も結果もないその自己評価の高さ、おまえ絶対怪しい)。