掌編小説「ぼくフェラえもん!」

  
のび太「ワーン! ドラえもーん! またジャイアンにいじめられたよー!」
フェラえもん「…」
 
「おぅい! 無視しないでおくれよー…アレ?」
「…」
「きみ、ドラえもんじゃないね…? 口の形が違う」
「ぼくフェラえもん!」
「フェ…フェラえもん? ドラえもんはどうしたんだよ」
「ドラちゃんは2年に一度の猫検でしばらく帰って来ないよ。代わりにぼくが来たんだ」
「じゃあフェラえもん、ジャイアンに仕返ししておくれよー」
「了解! ジャイアンの居る空き地へ行こう!」
「何か道具を出しておくれよ」
「ぼくにはポケットが無いんだ」
「本当だ! 丸腰で大丈夫なのかい?」
「ノープロブレムさ、のび太くん。さあ行こう」
 
 空き地へ向かう道中、のび太はフェラえもんの後ろ姿を見て「ヤケにしなやかだな」と思った。形はドラえもんと同じだが、身のこなしに品格があり、うなじは自信に満ちていた。
 着物を羽織っているかのような威厳すら漂い、すれ違う人たちは自然と道を空け、フェラえもんに振り返った。たんぽぽは揺れるのを止めた。
 
 空き地に着いた頃、ジャイアンは溢れたラムネで手を濡らし、土管の上に座っていた。
 
「ウェールウェールウェール、ドラえもん
 ジャイアンは余裕タップリに言った。
「おや? お前ドラえもんじゃねぇな? ポケットは無ぇし、口がひょっとこみたいだぜ! ガハハハ!」
 フェラえもんは目を瞑り微笑んでいる。
「コノヤロゥ! 余裕かましてんじゃねぇや!」
 ジャイアンはラムネの瓶をフェラえもん目掛けて投げつけたが、瓶はフェラえもんの口にスッポリ入って、吐き出された。吐き出された瓶は、心なしか萎んでいるように見えた。
「へっ、やるじゃねぇか」
 土管から飛び降りたジャイアンは、わざとらしくラグビー選手のように地面に手を付いてからフェラえもんに向かって突進してきた。
「オリャー!」
 激突を寸前で交わし足を掛ける。てっ転んだジャイアンは激昂し、砂埃を上げて再度向かってきた。
 猪と蝶の戦いは何度やっても同じだった。
 疲れ果てたジャイアンは肩で息をして肺を鳴らせている。
 フェラえもんがジャイアンへ歩み寄る。
 辺りは静かだ。ギャラリーが固唾を呑む音だけが聞こえた。
「フェ、フェラえもん!」のび太は呼ぼうとしたが声が咽喉より先へ出ない。もし声を出してしまったら僕がやられるかも知れない、そんな恐怖だった。
 こういうとき、自律神経はとても素直だ。
 
 フェラえもんはジャイアンの首元に噛み付いた。いや、そう見えた。
 ジャイアンは即座に弛緩し、生気を抜かれた。Tシャツを捲り上げ、今度は乳首に吸い付いた。
 至近距離なのに全体を把握し、的確に素早くターゲットに吸い付いた。脂汗にまみれたジャイアンは辛うじて目を開いている。拒絶と恍惚が同居している眼だ。助けを求めながら見ないでくれ、と云っているのは明らかだった。
 乳首を吸われながら、まるで勝手にずり落ちてゆくかのようにジャイアンのペニスは露わになった。ソレは、負荷を加えた青竹のように反り返り、限界までつっぱった“頭皮”はスプーンの背のように夕空を映していた。
 
 ゆっくりと降りるフェラえもんと、烈しく昇るジャイアン
 
 爆ぜるまでさほど時間は掛からなかった。風船は最初から割れるつもりだった。
 
 猥褻な液体を口に含んだフェラえもんは、そのまま上目遣いでジャイアンを睨んだ。
 コトを終えた下半身とは裏腹に、硬直しているジャイアンは斜めにうつむきながら時折フェラえもんを見た。おねだりを我慢している子供のような眼だった――呑んでくれ…――
 
 フェラえもんはニカッと笑い、ペッと地面に液体を吐き出した。
 さらに液体の上に足で乱暴に土を掛けて、それをグリグリ踏みつぶした。
 
 ジャイアンの顎をそっと持ち上げ、ニカッと笑った。
 ジャイアンは泣きじゃくりながら何度も激しく首を振ってすっかり正気を失っていた。
 
のび太くん、じゃあ帰ろっか」
「う、うん」
 のび太は小走りでフェラえもんに従った。
 
 木陰に隠れて窃視していたしずかちゃんは、痺れた足をやっと伸ばした。
 
 まだ夕方だった。太陽は降りるのを惜しんでいたようだった。