神様の吸引力

 
 メリクリ! ですこです。
 確か去年も同じ事を書いたように思うが、いま一度述べておきたい。
 わたしがここで言う「メリクリ」とは「メリー・クリスマス」の意ではない。
 わたしが言う「メリクリ」とは、「めり込んだクリトリス」の略語である。
 
 イヴの夜、いつもよりも早く仕事を切り上げて、恋人たちはホテルのレストランで食事をするだろう。
「食事はセックスの前哨戦である」というヨーロッパの諺が(そんな諺ないから)、もっともよく顕れる夜でもある――
 
 
 食事を終えて、男はタイミングを謀ってこう言う。
「部屋、予約してるんだ」
 予想通りの行動に対して女は
「え? ホント?」などとシラをきる。
「本当さ。2ヶ月も前から予約入れてたんだ」
「うん…でも…」
「でも、なんだい?」
「外泊だと親がうるさいのよ…」
「そうか…きみまだ62歳だもんね」
「うん…でも、電話してみる!」
「大丈夫なのかい?」
「友達のトメちゃんのところに泊まるって嘘をつくわ」
「それは名案だ!」
 
 女は席を外し、95歳の母のもとへ電話を掛ける。寝たきりで電話に出られない事は、当然わかっての社交辞令的行為だ。
 皺だらけの顔にしわくちゃの笑顔を上乗せして、女は小走りで男のところへ戻ってきた。
 
「ど、どうだった?」
「うん、うまくいったわ」
「まさかトメちゃんのところに確認の電話はしないよね?」
「大丈夫よ。トメには口裏を合わせるように頼んであるから」
「なんか悪いなぁ、トメちゃんに」
「お礼に、今度ポンタン飴を贈りましょう」
かりんとうもね」
「そうね!」
 
 意気(遺棄)投合である。
 人を騙すという背徳行為を一緒にする事で、互いの絆が深まる事は多々ある。カップル詐欺然り、美人局然り。彼らの絆はそうして強さを増した。
 なによりこれから快楽に溺れようとしているのだから、罪は最高のスパイスとなった。 
「じゃあ行こうか」
 グラスに浸していた入れ歯をはめて男が言う。
「うん」
 テーブル下のウィッグを被って女が言う。
 
 部屋は最上階のVIPルームだった。
 当時10円だった年金を払い続けた男は、いまや紛れもない勝ち組である。
 
「どうぞ、シンデレラ!」
 少し酔った男は、おちゃらけてドアを開けた。
 女は「シンデレラ」という言葉に寝たきりの母を想ったが、すぐに掻き消した。
「まぁ! すてき!」
「そうだろう? 全て君のためさ」
「ありがとう。嬉しいわ」
「先に、浴びてこいよ」
「…う…うん」
 突然の乱暴な口調に一瞬驚いたが、従う悦びが女をさらに濡らした。
 
 浴室のくぐもったシャワーの音をBGMに、男は窓辺に肘をついてワインを呑んでいる。「こうして見ると、この街も小せぇなァ」と、つぶやいた。
 想い出したように枕の裏をチェックしたが、コンドームはやはり無かった。そうだ、ここはラブホテルじゃないんだ。男は少し不安になったが、既にパイプカットを終えている事を想い出して、むしろ好都合、とばかりにニヤッと笑った。
 
 女のシャワーは長かった。長ければ長いほど、あらぬ想像を、男はした。
 念入りな女は嫌いじゃない。むしろその方がいい。真っ白なシャツほど汚し甲斐があるってもんさ! ハハハ! 男は静かにほくそ笑む。
 
 浴室のドアが開いた。
「そこにあるよ」
 男は言った。男はあらかじめバスローブを浴室の近くに置いていた。
「さんきゅ♪」
 女はフランクに言った。シャワーを浴びながら、女もあらぬ想像をしていた。
 
 男は窓辺の椅子に、女はソファに座っている。
 静かだ。
 まるでこのシチュエーションを予測していたかのように、ヤケに温和しいテレビを、二人は疎ましく思った。
 こういう時、腹が決まった女は先手を打つ。
「ねぇ、そのワイン、あたしにもちょうだい」
「ん、あぁ」
 男はたどたどしくワインを注いだ。
「プッハー! 美味しいね、このワイン!」
 もはや女には覇気すらある。
「こっち、くれば?」
「…うん」
 男はうなだれていたが、勃起はしていた。
 
 放送が終わったカラフルな画面とビープ音を聞きながら、女はしゃべりだした。
「このストライプの画面ってさー、むかしアンディ・ウォーホ」
 そこまで言った刹那、男はおもむろに、唇で唇を塞いだ。里芋のにおいがした。
「ちょ、ちょっと待って」
 女は言った。
「あなたも、シャワー浴びたら?」
「いや、いいんだ」
「どうしてよ」
「もう猶予はない」
「…」
「執行しよう」
 うなじに噛みついた。
 
 ベッドは生き物のように蠢いている。
「電気、点けていい?」
 男が言った。
「いやよ。どうして?」
「見たいんだ」
「恥ずかしいわ」
「全てを見たいんだ」
「あえて見ないことも、全てを見てるじゃない?」
「それは逃避さ」
「いえ、暗黙よ」
「おれは闇も静寂も苦手なんだ」
「そう、わかったわ」
 
 シャンデリアが点る。夜目にはホワイト・アウトだった。
 視覚が慣れてくるにつれ、女の秘部が徐々に露わになってくる。
 
「アレッ?」
 男は高い調子で言った。
「な、なによ?」
 女は、恥ずかしさから込み上げる怒りとが同居した口調で言った。
「きみのクリトリス、めり込んでない?」
「なによ突然。わからないわよそんなこと」
「すんーごい、めり込んでるよ?」
「うそ。うそでしょ?」
「本当さ。レスキュー隊を呼ばなきゃ救出不可能だよ」
「うそ! そんなに?」
「チェーンソーが必要だ」
「いやよ、そんなの! なんとかして!」
「うん、でも…」
「男ならなんとかしてよ!」
「うん…掃除機で吸い出すとか?」
「真夜中VIPルームで掃除機は無理よ。口で吸ってよ…!」
「うん」
「もっと!」
「う、うん!」
「もっと、ところてん的に!」
「うん!」
油そば風に!」
「はいっ!」
「チューブ型アイスの最後の方みたいに!」
「イエッサー!」
 
 
――と、思いつきで書いているうちに異様に長くなりましたが、そんなメリクリもまた、メリクリではないでしょうか。
 わたしのイヴは、上記を書く事によって終わりました。いまからこんなホールケーキを

一人でやっつけなければなりません。サンタの砂糖菓子がめちゃんこかわゆいです。毎年会社がくれるんです、要らないのに。
 
 ではみなさま、よいメリクリをお過ごし下さいませ。