ブルジョア日記 〜ヒトの散財は楽しい〜

 
 仕事を終えた土曜夜、街でヒロ吉と待ち合わせて楽器屋を巡る。どうやらアコギを買うつもりのようだ。
 札幌の主要楽器店である、島村楽器、キクヤ楽器、玉光堂、KEY。島村は小物は安いが楽器が高く、玉光堂は楽器の値引き率は高いが小物が高い。だがそれも昔の話であって、いまはネットで買えばもっと安い。
 強いて云えば中古も扱っており(ごくたまに掘り出し物アリ)、リペアを外注しない玉光堂が最も良い楽器屋だと言えるだろう。わたしは街に行った際、必ずこの店に寄る。
 ヒロ吉はGibson J-160Eが欲しいらしく、現物があったがやはり25万超え、とバカ高い。しかしやはり、カッコイイ!――
 
 この「アコギにエレキ用のピックアップ(P-90)が付いている」一風変わったギターを有名にし、値段を上げたのはいわずもながジョン・レノンである。ジョンがこのギターを愛用していなかったのなら、J-160Eはもうこの世に存在していないはずだ。
 思えばビートルズは変わった楽器ばかりを使用している。リッケンやエピフォンは当時はビザールに位置していたはずで、ギブソンフェンダーはあえて使用しなかった。
 ジョンのリッケンは3/4スケールであり、カジノはネックが細い。つまりジョンは“弾きやすいギター”を選んでいたと伺える。とことん自分に合った楽器を選んでいたのだろう。しかも人と違うヤツね。
 EpiphoneもRickenbackerも、ビートルズが使用しなかったのならここまでのブランド価値を保持できていないはずである。洋服におけるキムタクである。The Byrdsのロジャー・マッギンも、ジョージが弾いているのを見てRickenbackerの12弦を始めたのだ。
 Epiphoneは二流と思われがちだが、オールドは実にデキが良く、ハウリン・ウルフやオーティス・ラッシュなど昔のブルースマンはよく使用していた。それもそのはず、EpiphoneのクラフトマンはGibson出身なのだ。
 GUILD然り、優れたアーチトップを制作できる希有のメーカーでありました(共に過去形)。
 
 さて、残念ながら予算が合わずJ-160Eは買えませんでした。買わないぜ、普通。いかんせん新品は高すぎる。
 合流予定だったgoodridgeは仕事が遅延したので「じゃあ待ってる間に世界の山ちゃんで一杯やろうゼ!」と意気投合したが、案の定混んでて入れず(いつ喰えるんだ!?)、通りがかった見知らぬ「名古屋コーチン」の店へ入る。そう、すっかり名古屋モードだったのだ。
 初めて食べたコーチンは、旨いというよりも固かった。以前食べた九州の地鶏の時も思ったが、カタイんである。こんな事をいうと鶏ツウの人は「お前は地鶏の味をなにもわかっちゃいない!」と糾弾する事だろうが、その通り、まったくわからなかった。
 牛肉ならば「柔らかくて美味しい」というのに、鶏肉の場合は「固くて美味しい」という差異になっとくいかない。
 思うに、地鶏は茹でた方が旨いのではないか。わたしたちが食べたのは焼き鳥であり、焼きの場合は旨味が炭へ落ちてしまって、フツーの鶏肉とさほど違いはないように思う。
 安い鶏でも茹でた場合、非常に美味しいダシが出てそれだけでラーメンの元になるのだから、地鶏なら一層なのではないか。
 よし、つぎ行った時は鶏鍋…ってもう行かないけどな。
 焼き鳥は安い方が旨いんである。味なんてどうでもいい。“焼き鳥”、ただそれだけでいいのである。血統やら能書きの入る隙が無いところが、焼き鳥が焼き鳥たる所以であります。
 
 遅れてgoodridgeが到着、車はランクルである。名古屋コーチンランクル、なんたるブルジョアジーだろうか。
「リサイクルショップでグレッチが安かった」というので、
「どうせ廉価版のエレマチだろう?」と言うと、
「絶対にGRETSCHだった!」と語気を強めるので、
「じゃあ行ってみよう!」という事に。
 市内に数店舗あるリサイクル・ショップだ。
 わたしはパソコンが普及する前、電話帳で手当たり次第質屋などを調べ上げて、しらみつぶしにギターを探していた時がある。徒労の甲斐無く、掘り出し物は皆無だった。ましていまやヤフオク全盛期、そんな時代にGRETSCHが格安で売っているわけがない。
 店に入り少し進むと、高い所にそのギターはあった。オレンジだった。
「どうせエレマチだろう」との疑念は、見た瞬間に薄らいだ。エレマチはフルアコを作っていない。
 フルアコは手間が掛かるぶん、安く作れない。空洞を造って、アーチ状に曲げたり削ったりした木で蓋をしてやらなければならない。国産でもフルアコが高価なのは、そういったコストが理由である。
 そのGRETSCHは、紛れもないホンモノだった。オレンジのフルアコボディ、ゴールドパーツ、6120ナッシュビルだった――。
 
 わたしは20歳の時にGRETSCHのデュオジェットを3年ローンで買った。定価30万、値引きに消費税と金利が加味され、月一万の36回払いで丁度収まったと記憶している。デュオジェットはソリッドボディで、GRETSCHの中では異質な機種だ。レスポールに対抗したのだろう。去年に売ってしまったが、良いギターだった。
 GRETSCHフルアコとフィルター・トロンが専売特許である。中でも6120は定番中の定番だ。わたしのデュオジェットはソリッドでデュオソニックだったので、何度か後悔もした。
 愛用者はチェット・アトキンスからブライアン・セッツァー、日本では浅井氏の使用で一気に名をはせた(HYDEもかな)。ブルースマンではロバート・ジュニア・ロックウッドが、カントリー・ジェントルマンという機種を使用しており、無論ジョージも同様である。
 愛用者がマイノリティなのにもかかわらず、GRETSCHにはなんとも言えぬ魅力がある。キャディラックに似たゴージャスさがあるのだ。サウンドも独特で、GRETSCHにしか出せない音がある。個性と作りの良さのバランスが、いまのブランド価値を保持しているマジメなギターブランドである。
 ちなみにGRETSCHはドラムを作っていた。ギタリストもドラマーも、GRETSCHを知らぬ者はいないだろう。
 
 そのGRETSCHがなんと88000円で売っていた。あり得ない値段である。が、GRETSCH特有のマスターボリュームが欠品しており、そのぶんが引かれているのだろうが、それにしても安い。
 わたしはずっとGRETSCHを使用していたが、マスターボリュームはほとんど触らなかった。つまり、無くたっていいのである。むしろ余計な中継点がないぶん音は良いはずだし、前オーナーもそういう理由で取っぱらったに違いない。
 以上から、前オーナーは(ちゃんとギターを弾ける人)=(それなりのメンテをしていたはず)、という方程式が成り立つ。事実、試奏でも問題はなかった。
 ほったらかしの楽器ほど粗悪なモノはない。それは、売れ残っている新品も同値である事も意味します。加湿器などの空調を重要視していない楽器屋は、言語道断であります。
 木部の割れ、ネックのよじれ、フレットの残り、電気系統をチェックして、goodridgeに強く購入を勧めた。間違いなく“買い”である。どう転んでも、誰もが幸せになれる値段と、ギターだった。
 
 売約を済ませて、ヒロ吉宅の定番であるホタテのバター焼きと、エビを食べながら呑み明かす。あ、ダシ醤油も! 
 バンドスコアを見つつギターを弾いている彼らを見ながら、わたしは20年前にタイムスリップをしたような気持ちになった。
 
 それは、いつだってタイムスリップできる、という真理に他ならない。
 
 音楽とギターって、ほんと素晴らしいですね(晴朗@シベリア病床)。