完全被甲弾

 
 ヴェルヴェットというのは、レモンに生えたカビを手本として作られた製法である、と大嘘をついたですこです。
 
 酒を呑みながら、パソコンで「フルメタル・ジャケット」を観ている。なんとなくもう一度観たかったのだ。もう何度も観ている。だっていちいち面白いんだもん。
 鬼教官が吐く下品な台詞の中で「おまえはスキンを被ったまま産まれてきたのか!」というのがあって、それに影響されて、だいぶ前に以下の超短編を書いた事を思い出した。超短編というジャンルを知る前に書いたものだ。
 
 
 処女と精力剤
 
 想像妊娠の末に産まれた子供は、全身がコンドームで覆われていた。
 取り出した産婆は「ゴムのような男の子ぢゃよ!」とはしゃいだが、事業を終えたばかりの耳には、その歓喜は届かなかった。代わりに虚ろな瞼をかわすように焼けるゴムの臭いが鼻を刺した。ドラッグ以外で鼻で覚醒したのはこれが初めてだった。
 名を太郎と決めた理由は、姓がオカモトだからだ。
 ゴムに覆われた太郎は終始呼吸困難だったが、その代償に腐る事を知らずスクスクと素直に育っていった。 
 明日は成人式、ついに太郎のバリアを外す時が来た。初めて息子の肌を直に触れられる事を神経質に喜んだ母は、十日かけてフライパンで指紋を焼き消す。
 太郎の足下の固結びをゆっくりと解き、ゴムをめくると強烈な異臭が充満したが、構わず母は息子を抱きしめた。
 母体に触れた太郎は高速で朽ち果てて行き、イモリの黒焼きになった。
 悲しむ間もなく太郎を砕いて飲み込んだ母は、また想像を始めた。
 
 
 …下手くそだな、いま読むと。オカモトでウケを狙いながら、完全にスベっている。おれのバカ。
 
「想像妊娠」という言葉を初めて聞いたのは中学生の時だった。同級生の女子が想像妊娠をした、という噂がたったのだった。その娘は不良ではなかったが、影のある子だったな。中学生なのに、パートを終えたばかりのお母さんのような、哀感漂う前髪の垂れ具合の持ち主で、且つ頬を紅に染めながらいつもはにかんでいた。いま思えば不思議な娘だったな。
 
 話が逸れた。
 フルメタル・ジャケットはやっぱり面白くて、映像が綺麗だ。特に、行進する時のズボンのテカり具合が美しい。北朝鮮の軍隊も相当に美しいが、綿ではなくシルクのズボンにして、裾に重りを吊せばもっと美しくなるのではないかな。軍隊にシルクってのもアレだけれど。
 挿入歌にTHE TRASHMENの「Surfin' Bird」が流れる。アバババババ、ンママーマってヤツ。この曲は、希代のお下劣ムービー「Pink Flamingos」にも挿入されていた。
“挿入”という言葉がこれほど似合うのは、“くず男ども”の演奏だからだろうか。
 ディヴァインは、最後に犬の糞を喰うんだよな…あの画は面白かった。うぷぷぷー。
 お下劣は、下品なだけだと面白くない。映画の場合は映像美で光と影、音楽の場合は調和と奥行き、文字の場合は選択とリズム、会話はトーンとタイミング、絵画は構図と配色……こう考えていくと、下品=短絡的だと言える。
 沖縄の豆腐ようやタイのナンプラーみたいに、考え抜かれた下品さには独特の魔力がある。
 ぼくはまだまだ修行が足りないようだ。