おれはアスリート

 
 あの尋常じゃない脚力で、窒息するまでティッシュを喰らい続けるハムスターは、ノイローゼの天才だ、ですこです。
 
 河川敷のサイクリング・ロード(CR)を、チャリンコでひたすら走ってきたのです。平日、昼間(働けよ)。
 
 ブルったね。
 なにがって、おれとサイコンが打ち出したあまりのスピードに、さ。
 ブロックタイヤのMTBで時速30kmで巡行できるんだよ。これがスリックタイヤならば、40kmはかたい。
 つまりさ、信号のないCRを走れば、20kmの目的地まで30分で到着しちゃうんだよ。それもおむすび一つで! だっておれがエンジンだもの!
 
 ヤバいね。
 なにがヤバいって、もし山下清が自転車に乗っていたのなら、線路の代わりにCRをひた走って、貼り絵どころじゃないもの。おむすび一つで100kmだとドラマじゃなくて、ドキュメントになっちゃうもの。
 
 チャリグッズは揃えた。
 サイコン、シリカの仏式ポンプ、メンテナンスタンド、ケミカル類、そしてMTB本。
 
 安物のサングラス、フェイクレザーの短パンにチェックのシャツ――異様なウェアかも知れないが、インドア派にとっては精一杯の仁義だ。
 
 で、河川敷をひた走る。ギアを重くすればするほど、速度はぐんぐん上がる。おれは人力の王様だ! おれのパワーは地球の自転に一役買ってるぜ!
 
 異音がする。気のせいだろう、刹那、チェーンが外れる。無理に漕いだ力で、チェーンがフレームにがっつり食い込む。なにか固いモノ。家の鍵。グリグリする。鍵は鍵の役目を喪う。ミリ単位でのテコの原理は逆効果で、様々な箇所を、なめる。
 さんざん進んだ初見の地から、家まで時速4kmで押し帰る。星を、頼りに。
 ハートはしぼみ、汗をかく。煙草は、持ってきていない。
 
 まったく健康な一日だった。