チャリンコ・アルコール・ロックンロール

 
 酒を呑んで自転車に乗ると車に轢かれるぞ、ですこです。怖かったー。だって、赤が青に見えるんだもん!
 
 金曜、夜。
 独りでクピククピ呑んでいると、腹が減ってきた。今夜のメニューは、茄子のベーコン挟み焼きと韮玉丼だったのだが(お前は小料理屋か)、なんだか無性にススキノの肉まんが食べたくなった。土曜は休みだしチャリンコで買いに行こうそうしよう。
 23時出発、神宮祭の所為か自棄に人が多い。縫うようにかっ飛ばす、気分はメッセンジャー。途中、閃く。
「師匠の店にチャリンコを自慢しに行こうそうしよう」
 ビルに到着。チャリンコごとエレベーターに乗りたいので、空くのを待っているとスーツを着た好青年が「どうぞ」とおっしゃる。
「いえいえ、お先にどうぞ」
「いえいえ、お乗り下さい」
「じゃあ、失礼して。あ、入らないなー」
「では僕が前輪を持ちましょう」
「…優しいですね、あなた?」
「僕、ここのビルで働いているんです」
「そうですか。今度遊びに行きます」
「ぜひ、いらしてください」
 4Fに到着。
「ありがとう」
「いえいえ」
 なんてイイ人なんダ! 感動。
 
 店の前には、いつものように師匠のロードバイクが。
「ちーす」ドアを開ける。
「おーですこー! 一人か、珍しいな」
「いえ、相棒と来てます」とチャリを見せる。
「買ったのか!」
「へへへ、カッコイイでしょ」
「ほぇー、新品か?」
「いえ、中古です」
「中古かぁ……」まじまじとチャリンコを見つめながら、曇り始める師匠の顔。
「チェーンがきったないなァ」
「だからですかね、こないだチェーンが外れたんスよ」
「どらー、見せてみろー」なんかいぢる師匠。
「空気圧が低すぎるぞ」
「いえ、タイヤに記してある通りに入れてますよ」
「本当か? どれ」
「ここに書いてあるじゃないスか」
「み、見えねーよ!」
「…ろ、老眼スか」
「そうだよ…」うつむく師匠。
 
「フレームがイカスでしょ!」
「パーツがよぉ、ショボイなァ」
「ブレーキが片利きしてたんでこないだ直したんスよ」
「あーっ!!」
「なんスか」
「お前コレ、後輪ちゃんとはまってないぞ!」
「えーっ!!」
「一回外そう」レバーを捻って素早く後輪を外す師匠。
「そんなに簡単に外れるモンなんスね」
「簡単だぁ、バカヤロゥ」
 語尾に「バカヤロゥ」が出現してきたって事は、師匠のテンションが上がった事を意味する。
「あーっ!!」
「…今度はなんスか」
「お前コレ、前輪のタイヤの向きが逆だぞ」
「えーっ!!」
「ホラ、矢印が逆だぞ。パターンも変だろ」
「本当ダ!」
「中古なんか買うからだよバカヤロゥ」
「ちゅーことは、おれは今までバックで走っていたと?」
「そうだよバカヤロゥ。ほれ、ペダル回してやるから切り替えしろ」
「へい」
「バカヤロゥ、リアだよリア。右のヤツ」
「へい」
「うーん、なんかヘンだなー」
「ちゅーか、思いっきりブレーキ干渉してません?」
「お前がホイールずれたままブレーキ調整なんかするからだろう。バカヤロゥ」
「確かにそうかも知れませんが、この件に関しては師匠に過失があります」
「……」
「貴方はこのブレーキを再調整するべきである」
「……待ってろ」師匠は工具を取りにカウンター裏へ。
 
「ブレーキって、そんなにシビアに調整するんスね」
「そうだ。つーかお前よ、平日に来いよ。そうすりゃもっと」
「だって、客はだれも居ないじゃないスか! わははは!」
「それは言うなよ…」
 
「まあ、こんなモンでいいだろ」
「あざーす!」
「同額で新品買うべきだったなバカヤロゥ」
「そうスよねー。でも良いリペアマンがここにいるし」
「バカヤロゥ」
 
 小瓶のビールを勝手に取り出して、自分で栓抜きで空けてそのまま呑む。
 明らかな戦前ブルースがかかる。
「これ、ビッグ・ジョー・ウイリアムスですよね」
「そう。よく判ったな?」
「ギターの音がヘンですもん」
「ペグを付け足してるんだ」
バンジョーみたいに?」
「そう」
 ずーっと戦前ブルースが流れる。ブルースマニアのおれも聴いた事がないモノがほとんどだった。
 
 客が3人来る。
「師匠」
「なんだ」
「他に客もいるんだし、そろそろ戦前ブルースはやめた方が…」
「いいんだよバカヤロゥ」
 そう、師匠は気に入らない客は追い出すのだった。
 それにしても戦前ブルースというのは、録音環境が劣悪である。同年代のジャズの音源と比べるとその差がよく解る。
 カンバスに音を描いたのはジャズで、給食の献立の裏のザラメ用紙に描いたのがブルースなのかも知れない。
 もし“魂の叫び”なんてモノがあるとすれば、ザラメに現れるだろう。
 鬱屈していた時期の答案用紙裏のラクガキを精神鑑定すれば、ブルースかロックン・ロールになるだろう。
 
「師匠」
「なんだ」
エスカリータ、あります?」
「ある」即カウンター裏に潜り、素早くレコードを出す師匠。
 リトル・リチャードに酷似したサウンド
 
「リトル・リチャードが、エスカリータの真似をしたんですよね?」
「そうだ」
「世間では逆だと思われてますよね」
「そうだなー。つーか、エスカリータなんか普通リクエストしないぜ」
「いつも感心するんですけど、この膨大な数のレコードの中からよくそんなにすぐ探し当てられますね?!」
「当たり前だよバカヤロゥ」
「老眼ですよね?」
「そうだ」
 
 と眼鏡を外した師匠とEsquerita。いい画だなぁ。勝手に載せちゃえ。
 
 
 
 齢五十とは思えぬ若々しさ、未だ現役ブリバリのロックン・ローラーで御座います。
 この店のレコードライブラリはホントに凄いんだ。もっと凄いのはテキスト化されていない逸話の数々さ。札幌では一番の生き字引にして、現役バリバリの重鎮だ。
 
 チャリンコとロックン・ロールって、合うんだよなァ。
 ねぇ? 師匠!