凡人日記

 
 アンディ・サワーはうんと昔っから強かった、シュートボクシングファンだったですこです。ホントに強いぞ、彼は。
 
 仕事を終えた夕方、河川敷をチャリンコでひた走る。南の公園まで到達するが、帰りに大いに迷う。
 今から十年前ほどのモデルで、マンチェスターブームに乗っかったUKミュージシャンが掛けていたであろうオークリーのマッドチェスターなサングラスと、アディダスのグローブ(失敗だったかナ…)、コロンビアの七分丈、ニューバランスのスーパーコンプ、そしてTシャツはTAKAGISM.Tのお気に入りの『TOM&MOM』(←宣伝しておきました、何か下さい。例えば小銭とか)、抜き去った奴の目に映る、夕焼けを乱反射した銀ラメのバックプリントの残像が、羊水から放り出された哀しみと開放感を喚起し、冴えない理科の(科学ではない)教師が言いそうな「我々は他の精子に勝ったからこそこの世に生まれたのだ」などという戯言を一蹴し、強い精子たちに「お前が行ってこいよ!」と卵子に無理遣り押しつけられたこの命、産道からは眩しすぎるこの世界、閉じていても瞼の裏は真っ赤で、開いて見れば真っ青で、フローリングじゃなくて畳かよ! という不満も泣き声にしかならず、セックスの快楽はすぐに忘れてしまうけど、だからって厭々生きても仕方がない、だったら走るしかないのさ、そうさ、二足歩行から跨を知って、死に急ぐのさ。
 
 前置きが長くなりました。おれは浜村淳か。もしくは大木凡人か。
 そういえば以前、大木凡人さんと間近でお話をした事があります。よく行っていた店に、トボトボと一人でやって来たのでした。髪はテレビと同じでサラサラのツヤツヤでしたが、驚いた事に例のでっかい眼鏡にはレンズが入っていませんでした。
 すると、酒乱の先輩がやってきて「あ! 大木凡人じゃん!」と馴れ馴れしく接近しました。凡人さんはちょっと狼狽えた様子で、こう言いました。
「ぼんちゃんと呼んで下さい」
 我々は「ヤアヤア、ぼんちゃん!」などと呼んでは、慣れ慣れしく盛り上がったのでした。
 遠目で見れば、確かにある意味愛くるしいが、間近で見るとちょっと怖いのだった。眼がちょっとアブナイのだった。伊達眼鏡の所以はたぶんソコだろうと思った。眼鏡を外せば強面以上の、ヤバイ奴である。しかも背が高い!
 後で知った事だが、凡ちゃんは空手の達人らしい。酒場での武勇伝も数多いとか。
 だが彼は名前の通り、終始へりくだった様子だった。
 テレビのまんまの格好で、見知らぬ土地の店に一人でやってくる――ひょっとしたら彼はトラブルを期待していたのかも知れない。
 実際、酒乱の先輩が現れたとき、イキナリ肩を組まれた凡ちゃんは、右手中指でそっと伊達眼鏡を持ち上げたのだった。ぼくはその時、一瞬だけ温度が下がったような気がした。怖いというよりも、気味が悪かったので席をたった。
 芸能界って、怖いなァ。
 
 チャリンコの話をするはずだったが、逸れてしまいました。