倒立の季節

 
 冬のライオン、沖田ですこです。
 
 北海道はもう冬の匂いがする。だからダウンジャケットを買った。ぼくにとっては高価な品物だ。
 去年、憧れだったモンクレー(ル?)のダウンジャケットを買った。モデル名はカラコロムというヤツで、さすがに素晴らしい値段と防寒性だった。が、羽織ってすぐに売ってしまった。鏡を見て、オレンヂが似合わない年頃だと悟ってしまったからだ。時期的な事もあって、買値よりも3割り増しで売れて、ニヤけた。
 ダウンは早めに買った方がいい。去年よりも相場が上がっているので、おそらく今年はモンクレール・ブームになるだろう。だからぼくはモンクレールは回避した。
 上等なダウンジャケットはとても暖かくて、真冬でもインナーはTシャツ一枚でも過ごせる。が、ダウンが潰れてしまうので、着たまま車の運転は出来ないし、電車で座ることも外食時の椅子に座ることもはばかられる。外でしか着られない服だ。
 そんなオーバースペックなアウターが関東以南で爆発的に売れている事に、疑問を抱いてしまう。まぁいいけどさ。北海道でもランニングシャツは着るわけで。
 
 冬の想い出はたくさんある。
 かのGISM大先生なんかは「冬山でニビカン(鈍色の野外で性交の意)をして、露わな濡れた陰毛が凍結してしまい、冷凍もずくになった」とか。まったく!
 
 小学生の時、雪合戦が大好きだった。ソリを盾にして雪玉を投げ合う遊びだ。それ以外で、ぼくは雪玉に熱中した事がある。
 何年生の頃だったか、たぶん低学年だったと思うが、同級生に“戸田”という巨大な女子が居た。その年頃ではよくある成長の過程で、やたらデカイ女子がいるものだ。戸田は飛び抜けて大きくて、瞼が一重で、髪の毛はほとんど深緑に見えるくらい真っ黒だった。巨大な菊人形を連想して欲しい。
 戸田自身はまったく攻撃的な人間じゃなかったが、戸田が廊下にいると男子たちは「と、戸田だーっ!」と、ほとんどバケモノ扱いだった。まるで《遠野物語》のように、意味もなくみんな戸田を恐れていた。
 性を意識するようになってきた我々男子たちは『女にゃ負けられねぇ』という意地が芽生えて、『戸田をやっつけよう』とまで発展した。
 真冬だった。我々小男子は「大戸田が玄関を出てきた時に一斉に雪玉をぶつけよう」という作戦を決めた。ボニー&クライドのクライマックス、《ガン・ダンス》のイメージだ。
 戸田が外に出てきた。挙げた右手の合図と共に、一斉に雪玉を投げつけた。だが、普段から勘の鋭い戸田は、素早く身を隠した。雪玉製造隊を急かすも、硬度が低い雪玉は威力がない。
 戸田は、ぬうと出てきて辺りを見回した。みんな隠れた。面が割れるのが怖かった。隊を組んでも勝てなかった。
 
 雪玉をこしらえて、暖房で表面を融かし、すぐに冷凍庫へ入れる。そうすることで『固い雪玉』ができることを知った。何種類か作って、中には石を入れたものもある。冷凍庫を開けた母は激怒したが、ぼくは本気だった。当時から、母はぼくの本気を黙認してくれていて、それ以上は問いつめなかった。
 
「くるぞ!」合図があった。
 特製の雪玉を、戸田の顔面目掛けて投げつけた。額にヒットした。長い足を内側に折りたたんで跪いた戸田は、泣き崩れた。その姿勢のまま、顔を上げて号泣した――「勝った!」
 勝利を分かち合う間もなく、一人の隊員がゆっくりと戸田に歩み寄った。それにみんながぞろぞろと続いて、囲んだ戸田に謝っていた。ぼくも一緒に謝りたかったが、特製雪玉を造った張本人としては、それはできるはずもなかった。
 
 確かにその時、戸田に女を見た。
 ぼくは密かに勃起していた。