たち

 
 中五日ひろしですこです。更新をしていないのにのもかかわらず、毎日百ほどの暇人のみなさんがアクセスして下さるので、申し訳ない、とはまったく思っていません。文句あるか。
 
 この五日間なにをしていたのかと言えば、じつは入院していた。遠方から知人が来るというので、みんなで鱈鍋を食べに行き、どうやらそこで食べた〈たちぽん〉が当たったらしく、翌日腹部に激しい痛みを覚えた。下痢で緩和するような痛みではなく、小さな江頭2:50が胃の中で暴れ回り、至る所で三角倒立をし、起きあがってはピンセットで胃壁をつまんでいるような痛みだ。
 会社に電話を掛ける。
「今日は出社できそうにありません」
「なにっ? どうした?」
「胃が痛いのです」
「何か変な物でも食べたのか?」
「それプラス、減給も原因かと」
「……わかった」
 
 電話帳で調べて近所の胃腸科へ出向く。古びた、小汚い病院だ。受付には中年女性がいて、他の看護婦らしき女性たちがせわしなく走り回るせいで埃がたっていた。
 呼ばれた部屋には院長と思わしき恰幅の良い、ガマガエルみたいな老人が座っていた。羽織っている皺だらけの白衣は湯葉に見えた。
「どうされましたか」
「胃が痛むんです」
「下痢や吐き気は?」
「ありません」
 院長は当てていた手を外した顎を、横の看護婦に向かってしゃくった。頷いた看護婦は「では胃カメラを撮りましょう」と言った。
 ぼくは元来、固形物の嚥下が苦手だ。それは、幼い頃に誤って甘露飴を呑み込んでしまい呼吸困難に陥ってからのトラウマであった。以来、錠剤は噛み砕いてから、カプセルは中身だけを服用している。胃カメラなんか絶対に無理だ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」と院長に言ったが、彼はかまわず「次のかたーどうぞー」と言った。ぼくの腕に絡み付いている看護婦は、にっこり笑った。
 連れて行かれた部屋には、プロレスラーが場外乱闘で叩き壊す机に白い布を被せただけのような狭く硬そうなベッドがあった。
「ではこれでうがいをして下さい」と看護婦が言った。手渡されたのは粘度のある液体で、咽喉の麻酔だった。うがいをすると、苦かった。かつてぼくの精液を飲んだ女が「麻酔の味がする」と言ったのを想い出だした。
 指示通りベッドの上に横になると、看護婦が胃カメラを持ち出していきなりぼくの口に入れようとした。
「あんたがやるのか?!」
「そうよ」
 ちょっと微笑んでやがる。胃カメラが喉まで達すると吐き気がした。それでも強引に入れようとするので、管を掴んで引っこ抜いた。
「ちょとぉー」と涎にまみれた管を見ながら看護婦は言った。「男の子でしょー」とも言った。
「無理だ。帰る」と告げると、看護婦は「ちょっとー! 来てー」と大声をあげた。すると四人の看護婦が小走りで駆けつけてきてぼくを取り押さえた。
「さあ、行くわよ。一回で終わらせましょう」眼を見開いて彼女は言った。さっきの所までカメラが達すると、やはり吐き気がした。取り押さえている看護婦を振りほどこうと躰をよじった時、一人の看護婦がぼくの顔面に乳房を圧し当てた。例え四人だろうが彼女らを振り解く事は容易だったが、乳房の圧に負けて覚悟を決めた。
 だが嗚咽は止まらない。吐瀉物をカメラの管が塞いでいるので、代わりに泪と鼻水が大量に出てきた。漏斗で無理遣りトウモロコシと食べさせられるガチョウと、イラマチオを強制されているAV女優を重ねた。
「もう終わるからねー」と看護婦が管を引っ張ると吐き気は頂点に達して、カメラが抜けると同時に、床に吐瀉物をまき散らしてしまった。
「なに? コレ?」床の破片を手袋で拾いながら看護婦は言った。
「みつばだ」
 沈黙の後、看護婦たちは爆笑した。ぼくの体液が胸を汚した看護婦も、平然と高笑いをしていた。
 
 次のベッドは入院用の大きなベッドだった。ぼくの血管は太いはずなのに五回目でやっと点滴の針が刺さった。数分後、痛みを覚えた。手首を見ると腫れている。引っこ抜いてナースコールのボタンを押した。看護婦が駆け寄ってきた。
「あら、ごめんなさいね」
「もういい。帰る」
胃カメラの結果が出るから待合室で待ってて」
「ああ」
 犯してやろうかと思った。イラマチオの後にソドミーで。いや、逆の方がいいか。
 
 もう一度見る院長は胡散臭さを増していた。胃カメラの写真を見せながら言った。
「これを見てごらんなさい」
「はぁ」
「ほら、ここ」
「よく見えないなぁ」
「これだよ、これ」
「あっ!」
 写真をよく見ると、カブトムシの幼虫みたいな生き物が胃壁に噛みついていた。
「これはね、寄生虫だよ」
「はやり鱈とかあの辺の」
「そう。刺身を食べたね?」
「食べたかも知れません」
「取り敢えず虫下しを処方しておきます」
「はい」
「だが、すぐには出てこない」
「と申しますと?」
「時間が掛かる。出てくるまでの間、寄生虫は腸内で成長する」
「いまよりも大きくなって出てくると?」
「そういう事だ。いずれ肛門から出てくる。決して元の鞘に戻さないように」
「どのような形で出てくるんですか?」
「知らない方が君のためだ。次のかたーどうぞー」
 
 胃の痛みは嘘のように治まった。薬が効いたというよりも、寄生虫が“南下”したためだろうと思われた。便所でゲーテの格言集を読みながら糞していると、肛門に違和感を覚えた。頭を下げて股ぐらを覗いて見ると、なにかが垂れ下がっていた。「決して元の鞘へ戻さないように」という院長の格言を思い出して掴もうとするも、外気に触れたばかりの寄生虫は外敵に対して異常に敏感らしく、すぐに隠れた。前後の動きがアナルをソフトに刺激する。巣くわれる悦びと嫌悪感、居候を叩き出す意を決して引っこ抜いて、床に思い切り叩きつけた。先端を爪先で踏んづけてメジャーで自分の身長を測った時のように右腕が上がったので、寄生虫の体長は一メートル五十センチはあった。だが床に叩きつけると熱を帯びたゴムのように縮み上がり、糞街道を通過したにもかかわらずその容姿は艶やかに白かった。
 
 以来、ぼくは〈たち〉が苦手だ。
 
 
 
 
 このように、これからもどんどんと嘘を吐く訓練をしていきますので、ご了承下さい。