初見と再会

 
 森口博子のクイズでヒューヒュー、ですこです。
 久し振りにPCのエミュで見つけた不穏なゲーム。どこに行ったのか、森口博子森脇健児。あたしゃ『夢がMORIMORI』の頃からこの二人が嫌いでしてね、ホント、消えてくれてせいせいしてます。
 ちなみにエミュは正味30分ほどで100タイトル以上プレイしました。変に難易度が高いぞ。昔のアーケードゲームってすぐに死ぬんだよね、金をつぎ込ませるために。ファミコンも初期の頃はそうだったけど、いつからか“体力”が付いてきて、ライフポイントが無くなるまでは死ななくなった。そうなると今までは単なる点数だった果物が、体力を回復するためのアイテムとなったりする。そうなると今度は毒リンゴなんかも出てきて色々と複雑になってくるのは、寿命が延びた我々人間も一緒で、一発喰らったら死ねばいいのにね。
 
 昨夜は、前日に呑み過ぎたために死んでいた。プチ同窓会だったのだ。
 同窓会には過去に一度だけお呼ばれされたが、キッパリと断った所為か、以来まったく誘われなくなった。もう一度誘われたら? 断るよ。これはたぶん因果なんだろうけど、ぼくが関わってきたすべての学校やクラスには“団結力”というものが皆無だった。ぼくが斜めに構えていただけなの知れないけれど。
 そんなぼくでもプチ会があったのはmixiのお陰だ。soichikoをmixiに呼んだ当時、彼は同級生や知り合いを捜しまくって「あいつ居た!」などと逐一報告してくれたお陰で、インターネッツの大海原で独善的な文章をこっそりと撒き散らすという密かな悪戯がリアル知人の目に触れてしまう事となってしまった。もっとも、彼とヒロ吉にバレてしまった以上、漏洩は誰にも止められないのだが。
 
 18年振りに会ったG嬢が美人に変貌していたので驚いた。子持ちの三十路とは思えぬ肌艶――とは言い過ぎだ。時折見せるセクシービームは歳の所為か、しなびた放物線を描いていた。
 それにしても女子というのは変わるものだ。唐揚げみたいに粉だけで化けることができるのだ。
 どうやら当時のぼくは不良少年だと思われていたようだが、ポーズだけで、実際は違うという事がG嬢にも理解して頂けたと思う。外見とは裏腹にじつは家に帰ってからはトルストイはもちろんドストエフスキーニーチェカフカなどの西洋文学を読み漁っていた――というのは嘘で、シンナーからギターに持ち替えた時期ですね。有機溶剤に脳味噌を溶かされてロックロールには心臓を燃やされたぼくはボロボロだ。
 
 およそ5年振りに会ったmuは老けていたが、想えば彼のしゃべりは昔から老けていたことの再確認だった。律儀にも大昔に貸したThe Jon Spencerの『orange』を持ってきてくれた。いま聴きながら書いているが、12年前のアルバムかぁ。当たり前だけど当時ほどのインパクトは無いなぁ。同時に『ゲッツ/ジルベルト』も持ってきてくれたが、それは差し上げることにした。重複しているし、そのCDはぼくの物ではないからだ(こら)。そんなmuもパパである。彼が子供あやしてる情況は浮かばないが、嫁の乳を揉みしだいてる情事は思い浮かぶ。彼は巨乳フェチでいながら幼児体型マニアという変態なのだ。どうか、間違いを犯さないで欲しいと切に希う夜であります。
 
 ヒロ吉は、こうして旧友が集まるとその異常な記憶力で周りを驚かせつつ、少し不快にさせる。「本人が忘れたい過去を憶えているという」懸念がそうさせるのだろう。実際彼は憶えているはずで、単に口に出さずにその想い出を自慰のネタにしているのだ。
 しかしどうして、いつからヒロ吉は“いじめられキャラ”になったのだろう。不思議だ――
 
 と書いていると、G嬢からヘンな電話が掛かってきたのでおしまい(0:50)。ねっとり。