二十八年後の地団駄

 
 ミシンの語源はmachineです、ですこです。雑学なんざ何の役にも立たない。手品もパロディもクソ食らえだ!
 
 最近の加工ジーンズはじつに良く出来ていて、古着にウン万円も出すのが馬鹿らしくなってくる。縦落ちはもちろん、髭やサイドのアタリまでもが本物っぽい。ただ俺は足が短いので裾上げをしなければならず、そこが問題になってくる。古いジーンズにはデフォルトでレングスが短い物もあり、あるいはワンウォッシュの状態でチェーンステッチを施しておいて長年穿き潰すと、捻れのようなアタリが出てくる。お洒落は足下から、ではないがどんなに色落ちが良いジーンズでも裾のアタリがなければ興醒めになってしまう。俺はジーンズマニアではないが、マニアの場合は裾を軽石で擦り上げたりするようだ。それも少しずつ、夜な夜な。珈琲豆を洗濯機にブチ込んでわざと汚したり、常にノーパンで穿き、洗濯は自分が浸かった湯船で濯ぐのみで“自分の匂いをとことん染み付ける”マニアもいる。こうなると他人は異臭を嗅ぎ取って怪訝な顔をするが、例えば着古した革ジャンをまとった人とすれ違った時の古い匂いを嗅いで、ある種の羨望や嫉妬を覚えたことはないだろうか? 俺はある。機能を享受しながら長いあいだ雑に愛でられたモノ、愛でるヒトに嫉妬を覚える時がたまにある。古着とはその歴史を買うことだ。金さえあれば買えちゃうし、時に拝んだりもする。旧車、ギター、家具etc.。なんなら女だって買える。その場合、値段は下降するのだが……コホン!
 
 急にストライプのジーンズが欲しくなった。一般的にレトロなイメージなので、線の太さや配色にもよるが、ほとんどの場合はブーツカットベルボトムになってしまう。今更ラッパズボンは穿きたくないし、ブーツはDr.Martinしか持っていない――Dr.Martinにベルボトム……有り得ない。
 だが買った。不人気で売れ残っているらしく、新品で定価の1/6、3000円だった。俺には考えがあった。「拡げるんじゃなくて縮めるんだから、直しちゃえばいい」と。
 実家に電話をかける。
ジーパンを直して欲しいんだが」
「裾上げかい?」
「まあそうだ。ジーンズ用の糸はある?」
「似たような色で細いのならあるわ」
「じゃあ買っていく」
 車で近所のジーンズショップに出向くも、糸は販売していないという。実家近くのデパート地下のクラフトショップに行ってみると、ジーンズ用の糸が売っていた。穿いていたジーンズに当てて見比べてみると、全く同じ色だった。280円也。
 母はかつて裁縫で生計を立てていたらしく、腕前は上等で、家の中の布製品のほとんど――カーテンやクッションや便座カバー、はたまた孫のオムツまでも!――は母の自作だった。
「これをストレートにして欲しいんだ」と言うと、母は「どれどれ」と眼鏡をかけた。
「内側の縦縞を真っ直ぐに縫い直せばいい。出来る?」と訊くと、「もちろん」と鼻で嗤いながら糸ばさみで解体を始めた。
 ミシンは、ブリキのような外観の鉄製で、足踏みだ。直径50cmくらいの円く薄い鉄製のホイールの側面にある太い革紐が動力を伝える。幼い日からあったこのミシンに乗り込み、バスの運転手になりきって、ホイールを回し、揺れる足踏みを愉しんではよく叱られたものだ。
「骨董だよなァ」
「これが一番いいのよ」
 横顔は真剣だった。
 かつての母は、仕事を終えて帰宅し、晩ご飯を食べ終わるといつもミシンを踏んでいた。「この人は一体いつ眠るんだろう?」と思いながら、ミシンを踏む音が子守歌だった。
 
 高校生にもなると恋人を家に連れてくる。俺の部屋のティッシュカバーは母のお手製で、それはニワトリの形をしていた。それを見た彼女は「キャーッ! 可愛いっ!」と狂喜した。その声を聞きつけた母は、予め用意していたと思われる温い麦茶をお盆に載せてふすまを開けた。
「おかーさーん! これ可愛い!」
「じゃあ貴女にもあげるわ」
 予め用意していたと思われるニワトリを手渡した。俺は目頭を揉みながら、気恥ずかしさと、このニワトリから取り出したティッシュで毎夜ちんぽを拭いている事に、少しだけ懺悔した。
 
 そんな風に俺の周りは手作りだらけで、他人は時折それを羨んだが、俺は厭でたまらなかった。その褒め言葉は憐憫として俺の中で響いていた。
 最も古い、印象的な記憶がある――。
 
 保育園に通っていた頃、遠足があった。普段は独りで通っていたがその日は親子同伴だった。
 みんな真新しいリュックを背負っている。リュック初体験だったので、ぎこちない。みんなの素材はポリエステルだったが、俺のリュックはハンドメイドの布製だった。ご丁寧に中綿が入っており、縫い目は規則正しい菱形だった。
 せんせいが「アラ! ですこ君、お母さんに作って貰ったの? いいわね〜」と言った瞬間、俺の中でなにかが弾けた。
 俺はリュックを思い切り地面に投げつけた。沈黙が訪れた。
「コラ! なんてことするの!」と芝居がかったトーンでせんせいが言うと、母は「いいんです」と言った。
 投げつけた瞬間、俺は母と目が合っていた。無表情だった。あの顔が、最も古く、鮮明な記憶である。
 
 遠足には行かなかった。俺は走り出してその場を去った。いま思えば五歳のガキの行動範囲なんかは限られているのだろう、夕暮れ時、兄が俺を拾って家に連れて行った。泣いて抱きついた、なんて記憶はない。自分の蛮行に放心していたのかも知れない。その後の記憶はまったく無い。
 何事もなかったかのように夕食を食べ終える。窓の向こうのベランダには、洗濯をされたリュックが吊されていた。
 
「今度、エプロン作ってよ」
 ジーンズを直し終えた母に言った。
「はいはい」
 眼鏡を外した目をしばしばさせながら、母は言った。