交錯ブギウギ

 
 得意な料理はスクランブルエッグ、と宣う人間は話しの内容もスクランブルしてるぞ、ですこです。
 
 何年間か頭の中で描いていた柄のネルシャツを発見して、買った。古着で千円だった。このシャツがたとえ一万円だったとしても、ぼくは買っただろう。手に入れたことで、やっとぼくの脳味噌の或る部分が解放された。
 ネルシャツの柄は主にチェックだが、模様の大きさや配色は無数にある。近年でネルシャツを格好良く着こなしたのは、おそらく九十年代のグランジバンド達だが、ネルシャツというのはアキバ系のようにダサくもなってしまう、諸刃の剣でもある。
 巷では数万円もするネルシャツもあるようだが、それはナンセンスだと思う。ネルシャツの命は見た目で、ブランドはまったく関係ない。配色が重要なのだ。それもジーンズと合う事を前提とした色遣い、薄く退色したジーンズに合うヤツ。
 紺:3、赤:2、黄:2、青:2、白:1――この割合の配色が、ピエト・モンドリアンの『Broadway Boogie Woogie』のように交錯した柄こそが、ぼくが探していたネルシャツだった。ついにそれを見つけた時「コレだっ!」と狂喜した。値段はどうでも良かった。
 なぜこの柄のシャツに固執したのかというと、同じようなシャツを着ていた人がいたからだ。モデルや著名人ではなく、お店の店員だった。
 
 数年前、ヴィレッジヴァンガードに行った時のことだ。
 今ほど店舗数がない頃で、都心部ではなく郊外にあった。うっすらとお香の匂いが立ちこめていて、置いてある商品もいかがわしい。レジの横には手書きでしたためられた求人の紙が貼られていて、《忙しいけど時給は安いです。なぜなら万引きが後を絶たないからです!》と書かれていた。
 すでにサブカルには興味が失せていたので商品にはあまり惹かれなかったが、若い頃にこんな店があればナ、と少し嫉妬もした。
 店を出ようと踵を返した時、本棚の脇でしゃがんでいる女性が目に飛び込んできた。在庫のチェックをしている店員だと思われた。恋心はおろか、性的な理由でもなく、ぼくは彼女に惹かれた。後ろ姿で顔も見えないし、正面だとしても顔は見なかっただろう。ぼくは彼女の着こなしに恋をしてしまった。
 肌色に汚れた白地のコンバース、そしてあの絶妙なネルシャツと、空色に退色したジーンズ――嗚呼! 空は完璧さ! なぜなら常に変化してるから! リチャード・バック万歳! なんて素敵なんだろう! 布製品バンザイ!
 口を半開きにして見つめながら、心の中で何人ものぼくが、ぼくだけが、野原に生えてしまったアスパラのようにスタンディングオベーションをしていた。
 我に返って店を出て、車を運転しながら彼女の生い立ちや嗜好を空想する――
 
《高校卒業後に市外からやって来て二年弱、部屋は1Kで家賃は四万円、月給は十五万円だが親の扶養に入っており健康保険料は払っていない。家を出た理由は両親との不仲だが、虐待等のシビアなものではなく、比較的恵まれた家庭で育っており、父親は公務員か教師で、母親は専業主婦、五歳以内年上の兄がいて、四人家族、幼い頃は叔父と仲が良かった。叔父は、幼少期特有の恐怖からくる笑い様を喜びと勘違いし、夜に押し入れから飛び出して彼女をよく脅かした。それは密かなトラウマとなり、彼女は未だにお化け屋敷に行けない。なのに、夜這いを受け容れる準備は常に出来ている。遺伝からか、運動神経はよくない。扁平足かも知れない。思春期には筋肉少女帯に傾倒し、同時に矢野顕子も聴き囓るが、大貫妙子はあまり好きではなく、爆風スランプには殺意を抱いている。初体験は高校時代の先輩でギタリスト、ブラック・サバスコピーバンドを演っていた。彼は地元の中華料理屋の息子で、彼女が故郷を離れると同時に別れた。二人目の相手は、同じコンビニでバイトをしていた二十代後半の役者志望の男で、同棲を始めてセックスを覚える。男は酒飲みで、酔って帰宅しては彼女の寝込みを襲った。彼女はその時にしかオルガズムを得る事が出来ないことに気づいてしまう。怠惰の免罪符としての役者志望を謳ってる男に見切りをつけて別れる。いまは一人暮らしで、週に一度ゴスペルを習いに行っている》
 
――そんな、ネルシャツである。