いっそ音のない世界に行ってみたい

 
 筒抜けの沈黙、ですこです。
 
 土曜、昨夜から怪しかったが、本格的に風邪をひく。発泡酒二本で撃沈。
 
 日曜、昼過ぎまで眠る。
 咽喉はイガイガ、きんたまはダルダル。数時間悶絶し、ベッドから出たのが15時。好物のコーラスウォーターを飲んでみる。鼻づまりの所為で味がしない。それでも食事を作る。休日の昼によく頂く、好物のケンミン焼きビーフンである。なんでもそうだが、袋の裏面に記載されている通りに作ると上手くいかない。水は少なめがいい〜♪ と北酒場のメロディに乗せながら鼻声ハミングで手早く作る。仕上げに胡麻油を垂らす。うむ、美しい。味も匂いもしないが、胃袋へ押し込む。味がないと最低の喉越しで、じじいの頭にかぶりついて大量の白髪を呑み込んだかのような、うんざりした気持ちになる。
 さて、どうしたものかな、と部屋の片隅にある大量の洗濯物と目が合ったが、逸らす。ルルを五錠呑み込み、体温計を挟んでみる。中学生の時に、授業をサボリたいが為に保健室に行って、水銀体温計を学生服に擦りつけて温度を上げようと名案を思いつき、しかし擦りすぎてしまい、パリンと割れてしまって、保健の先生がすっ飛んできた事を想い出す。コツを掴むまでには体温計とたんこぶが五つ必要だった。
 煙草が不味い。それを確かめるように自虐的なチェーンスモーキング。時計を見ると19時、このまま眠りたい。いや、風邪とて今夜は眠るわけにいかない。徒歩で掛かる時間を計算して、ちょっと遅れるであろう時刻に家を出る。
 行き先は某サーフショップで、お目当てはインストアライブ。メジャーアーティストを引き連れて(いや、ついてきて!)、二年ぶりに我が友D輔と邂逅するのだ。
 店の近くで、折り畳み自転車に乗った、やたらと四肢の細長い、ルパン三世探偵物語松田優作の樹脂を足してこねくり回して喫煙したかのような男を発見する。男はやはりJERRY "K○JI" CHESTNUTSだった。
「あれ? 店は?」
「いやぁ観るべよ〜」と、こないだ聞いた発言とは真逆の愛情を吐露。
 D輔を交えて談笑。「肥ったね」と言われるのにはすっかり慣れているので、「大きくなったんだ」と返しておくも、その鼻声を指摘され「なんで今日に限って風邪ひくの?」と、体型と体質と機運の悪さ――つまりこんにちのわたくしを全否定される。最後に「君は呑んだほうがいい」と諭され、渋々と簡易バーでビールを頂く。なぜか、ビールの味は、わかってしまう。
 
 H田さんとD輔が登場。アコギ&ヴォーカルとドラム、というシンプルな構成だ(他のメンバーが居ないのは予算の都合らしい)。PAに老舗ベッ○ーホールの現・社長が直々に出向いたのは、D輔が地元出身で且つ“予算の都合で値切れた唯一の人だった”からである(いい人なのだ!)。
 最前列のベンチに陣取る。ギターはJ-45、サウンドホール近くのネック寄りに塗装が剥げて木肌の露出した部分があり、定位置のストロークによってかなり弾き込まれたギターである事が窺えた。
 一曲目が始まる。真正面からD輔を凝視する。かつて、十五歳の頃からずっと一緒に演ってきた奴が、プロと一緒に凱旋して来たという感慨――が湧き起こるかと思いきや、ぼくの耳は冷静に、冷徹に、H田さんが作った音楽を聴いていた。特に“曲”を聴いていた。
 声も良い、唄も巧い。テンションも高くて、魅せる事ができる。歌詞は、ぼくは聴かない。
 ポピュラーミュージックに於ける歌詞の在りようについては、かつて細野晴臣が明言していて、それにぼくは強く賛同したにもかかわらず具体的な内容を忘れてしまったが、誌面で読んだ時に狂喜したあの時の熱だけは、いまもハッキリと覚えている。
 谷川俊太郎がラップを唄ったのなら(できれば吉本隆明との掛け合いで!)、ぼくはヒップホップに傾倒していただろう。詩も音楽も大好きなんだけど、“歌詞”となると、ぼくはどうでもいい事となってしまう。
 
 さて、曲だ。
 コード進行とそれに付随するメロディがありふれたもので(言い換えればメロディが優先でない曲の典型、さらに云えば音楽的なイマジネーションが欠如した曲)、独自性は皆無だった。奇をてらう事で良い音楽となるとはもちろん思わないし、常に新しい音楽に出会いたいと思っているぼくが「またか」と落胆した溜息が、それを求めている人にとっては芳香剤となる事は理解しているし、需要があればこそのインストアライブだ。
 ぼくは、批評的にしか音楽を、友のライブすらも、手放しで体感できない自分に、うんざりした。不幸だ、とも思った。
 しかしその屈託も、新しい音楽に出会えば帳消しになる事も知っているから、なおさら始末が悪い。
 
 その後、H田さんも交えてK師匠の店で呑み上げる。ステージでも間近でも、絵に描いたようなナイスガイだ。初めて会った彼をぼくは好きになったし、いつも肯定的で朗らかな、愛されるタイプの人間だと思う。でも、音楽となると、ぼくはちょっと退いてしまう。
 
 音楽が、かけがえのない出逢いをもたらす事はぼくも体験しているし、限りない感謝をしている。でも、かけがえのない音楽には、滅多に出会えないのかもしれない。
 
 四時帰宅、五時就寝、八時起床、出勤。酒臭い息を殺しながら勤務を終えて夕刻帰宅し、あまりに天気が良いので重たい頭のままチャリでダラダラ走ってみる。
 汗を拭けば、風邪はすっかり治っていた。