皺の追憶

 
 じゃじゃ馬ならし、ですこです。
 
 あまりテレビは見ないのに、二回もダイアモンド☆ユカイを目撃した。「なんで今更
」感の後に、「お金が無いのかしら」と邪推し、「そうに違いない」と結論し、振る舞いを見て「露出は永く続かないだろう」とテレビを消した。
 RED WARRIORS全盛期はぼくの青春直撃で、高校生の時、確か二年生の時に彼らのコピーバンドを演っていた。ギターのSHAKEこと木暮武彦のプレイはサムピックを使った独特の奏法で、使用ギターはビル・ローレンスというメーカーの、ストラトの形をしていながらリア・ピックアップ一発、という変わった仕様だったのでコピーにも難儀した憶えがある。トレブリーで聞き取りにくいのだ。
 その頃になると耳が鍛えられていたので楽譜は不要だったが、SHAKEはテクニシャンなのでイマイチ解らない箇所もあった。とはいえ高校生にスコア本代二千八百円は痛い。メンバーに金持ちが居れば説得して買わせるところだが、生憎ぼくのバンドは全員ビンボーだった。
 しかし、万引きの天才が居た。元来、盗人というものは体が小さくなければならない。床下や小窓から進入しやすいし、天井では物音を立てにくいからだ。昔は盗人に師事する際に、まず体型で審査したらしい。彼はその条件を完全に満たしていた。
 デパートから堂々とスタンドミラーを盗んでくるような男である。楽譜なんざちょろいちょろい。持ち帰った楽譜はメンバーの数だけコピー機で複製し、各自練習をする。
 当時よく使っていた練習スタジオは国道沿いの家具屋の隣にある、小さな平屋を改造したようなチープなスタジオだったが、我々はそこが気に入っていた。一組しか練習できないのでまったく自由に使えたし、料金も安く、なにより近所だった。先客がいた時は鉄扉に耳を当てて演奏を聴き、「俺らの方が巧いな」などと鼻を膨らませたものだった。
 二時間の練習時には休憩を挟む。煙草も吸い放題なので、そうなると缶コーヒーが飲みたくなる。とはいえまだミニ缶を飲むほど大人じゃなかったので、ジョージアのロング缶(あるいはUCCのハーフビター! うまかった!)を好んで飲んでいた。たまに、じゃんけんをして負けた奴がオゴるという遊びもした。ぼくはほとんど負けた事がない。なぜならメンバーの中に小心な男が居て、彼にプレッシャーをかければ大抵は勝てたからだ。
 最初はグーの掛け声の時にしつこいくらい引っ張り、緊張と苛立ちを喚起させると、彼の筋肉は収縮して必ずと言っていいほど“グー”を出すのだ。この現象は他言せずに黙っておくあたりが、ぼくのあくどいところだ。だが、あいこが続いてしまうと、ぼくも負けた。そういう時は決まって“パー”で負けたのだった。
 缶コーヒーで一喜一憂するくらい金が無かったので、CDもそうそう買えるはずもなく、音源のCDはレンタルしていた。幸いな事にその店はかなりマニアックな品揃えで、洋楽に傾倒を始めた当初も大いに活用したし、制服でなければアダルトビデオも借りられた。
 既にブルースを聴き始めていたので、或る日に憂歌団のビデオを借りた。レジには二十代半ばと思われる女性が居て、当時のぼくからすれば大人のオンナだった。パッケージを手に取った女性の動きが止まり、
「あら、憂歌団好きなの?」
 と訊いてくるので、
「ええ、まあ」
 と聴いた事もないのに答えると、
「木村さんっていいよネー」
 などと返してきたので、
「ですよネー」
 と迎合してみると、彼女の動きがはたと固まり、凍てつくようなしじまが訪れた。
 憂歌団の下には、二枚のCDと三本のエロビデオが敷かれていた。彼女が、「裏切られた」と思ったのか、「仕事中に余計なおしゃべりはするまい」と反省したのかは判らないが、眉間には縦皺が刻まれていて、お釣りは高い位置から渡された。
 ママチャリのカゴにブツを投げ入れて、苛立ちながら、眉間の皺に感じた堪らない色気を想い出つつ、疾走した。
 帰宅後、CDをテープに落とす。耳コピは繰り返し聴かなければならないので、CDだと酷使すればすぐにプレイヤーが壊れてしまう。その点、テープは丈夫で伸びるか切れるまで使える。散々色んなテープを試したが、TDK製が一番優れていた。ぼくは未だにCD-RはTDKを買うことにしている。愛してるぜ、TDK
 いまはパソコンを使えば(使わずとも)、速度を変えても音程が変わらない便利極まりないソフトやプレイヤーがたくさんあるので(しかもフリーソフト!)、現代のギターキッズ諸君はさぞかし耳コピにいそしんでいるのだろう――か?
 これはおっさんの戯言と思ってもらって構わない。
「便利じゃない方がいいぜ?」
 
 最後に書いておかねばなるまい。
 当時、RED WARRIORSやSHADY DOLLSのようなロックンロール・バンドが流行っていたが、THE STREET SLIDERSこそが王者だった。他の全てとは格が違うのだ。