瓢箪日記

 
 寝バック、佐藤ですしげです。
 
 土曜、于吉っつぁんとさとしぃと旨い焼き鳥屋へ行く。
 当初は世界の山ちゃんへ行く予定だったが、近くにあるのでせっかくだからと行ってみる。
 

 ポン酒が好きな人は是非。店主が一人で切り盛りしているお店なので、住所は明記できませぬ。
 

 この焼き鳥がでっかくて、スパイシーですこぶる旨いのだ。レバーも旨いっ!
 
 希望に燃えている于吉っつぁんと、悩み多きさとしぃとペチャクチャしゃべりながらガブガブと呑み上げる。ちらほらと客が入り始めたので、そろそろ出ますか、と山ちゃんへ向かう。
 でっかい肉をチリチリと時間をかけて焼いているさっきの店はもちろん美味しいのだが、山ちゃんの駄菓子屋テイストもそれはそれで美味しいという事実に、なんだか味覚の不条理を覚えずにはいられない。
 

 自身が勤めている会社の借金がトンデモナイことになっているのに、さとしぃのこの百万ドルの笑顔。なにがそんなに嬉しいのか。社長、見てますか。あなたが砂を噛みながら金策で走り回っているころ、従業員は呑んだくれてシモネタを大声で連発しています。
 
 その卑猥な大声に于吉っつぁんと共に苦笑していると、携帯が鳴った。深夜〇時、呑み始めてから五時間が経っていた。携帯を開いて見ると、宗匠からの着信だった――
 
 
「はい、もしもし」
 ぼくの声のトーンでわかったのか、さとしぃは急に静かになった。
「てめぇ! ふざけてんじゃねえよ!」と電話の向こうの宗匠は声を荒げている。思い当たる節はあった。
「いえ、ふざけていたわけじゃないんです」
「だったらなんだってんだよ! いまから行くからな!」
「すぐには無理です」
「じゃあいつならいいんだよ!」
「三十分後なら」
「わかった!」と宗匠は電話を切った。
 すでに事情を理解してくれている顔の于吉っつぁんに、夜の巷を徘徊している猛獣を保護しなければならない旨を伝えると、笑顔で頷いてくれた。
 別れを告げて小雨のすすきのを自転車で突っ切る。途中コンビニへ寄って酒を買う。普段は呑まないバーボン、悩んだ末ジムビームより高いジャックを購入したのは、宗匠をなだめるためだ。
 帰宅後、携帯が鳴る。
「いまどこにいんだよぉ!」
「家にいます」
「おれはもう家の前に来てるぞ!」
 意外に到着が早くて驚いて、出窓から外を覗いてみても宗匠の姿は見当たらなかった。
「見当たりませんが」と言うと、「家の前に来てんぞ!」と一点張りなので、携帯を片手に外へ出てもやっぱりいない。ああ、やられた、騙された、と思った。
「本当は来てないんでしょう?」と訊くと、「バカヤロゥ! 来てるぞ! あ、ちょい待て……クォラー!」
 急に電話が遠くなったと同時に、宗匠が叫んでいるのがわかった。携帯を耳から離して時刻を見ていると、遠くの方でも怒号が聞こえる。もう一度受話に耳を当ててみる。叫んでいる。受話器を離してみても、同じ叫び声が聞こえる。近い、来てる。
 深夜〇時過ぎの住宅街、兎じゃなくとも怒号の方向は見当がついた。南へ数十メートル先にあるアパートの下に宗匠はいた。見知らぬアパートを見上げながら、室伏よろしく叫んでいた。こういうとき、制止すればするほど音量が上がることはわかっていたが、制止しないわけにもいかない。すでに十分は経過していた。例に漏れずそろそろ警察が来るだろう。仕方ない、買ったばかりだと思われる革ジャンの袖を引っ張りながら数十メートル移動し、部屋へ押し入れる。文字通り押し入れたせいで、宗匠が玄関に倒れた隙を見計らってブーツの紐を解き、脱がせる。保護成功。この顛末を、近所の人たちは部屋の明かりを消して窃視していただろう――ぼくは目頭を揉んだ。
 
「ジャックです、どうぞ」と、ロックグラスとチェイサーを差し出す。宗匠は黙っている。すると「おめぇはアマチュアなんだよぉ!」とおっしゃった。ぼくは心の中で「アマチュア未満のビギナーですぜ」と言った(いま思えばアマチュアではなく、《甘ちゃん》だったのかも)。
 なぜだったかは忘れたが、スライの話になって「ファミリー・アフェアーかけろよコノヤロゥ」とおっしゃるので〈暴動〉をトレイに載せると、宗匠は和訳の歌詞を音源に合わせて歌い始めた――「ほんのうちわの出来事さ〜」
 曲に合わせてギターを弾くように命じられたので、SGとVOXを繋ぎ、ワンコードの簡単な曲をチョイスして下手くそながらバリバリ弾いていると、宗匠は上機嫌になられた。そこからはメタモルフォーゼ、今日あったゴキゲンな出来事をしゃべり始めた。
 ぼくは思案した。そんなに良いことがあったのに、なぜ路上で叫んでいたのか、と。ぼくの結論はこうだった。『宗匠は、愉しくて堪らないときはそれを誰かに伝えたくてウズウズ身悶えていて、その過程で少しでも水を差すようなできごとがあるとすべてが台無しになったような気がして、許しがたい』と。
 そんなことを考えていると、宗匠の両頬が膨らんだ。トイレに行けばいいものを、台所でリバースしてしまった。
「大丈夫ですか?」と歩み寄ると、「来るなぁ〜来るなぁ〜」とおっしゃった。背後の肩越しからブツを見ると、意外に綺麗だった。いちょう切りの人参がそのままあって、豚汁みたいだった。それに、臭いもない。
「アレなんだっけ〜、台所直すやつ〜ウプ」
「あー、クラシアンですか」
「そうそう! それ呼んで〜」
 この光景、漫画で読んだぞ。ぼくは実写版を目撃したのだ!
 綺麗な吐瀉物だったので、素手で始末した。我が家には、購入時に署名が必要な劇薬扱いの強力な苛性ソーダがあるので、配管が詰まっても確実に溶かせるのだった。
 スッキリしたのか、ついでに溜まっていた洗い物を爽やかな笑顔で片づけてくれる律儀な宗匠
 
 午前三時半、宗匠ホットカーペットの上でお眠りになられたので、毛布をかけて差し上げる。とにかく鼾が凄まじい上、無呼吸症候群の気がある。鼻孔に煙草を入れても一向に目を覚ます気配がないので、ありがたくコンデジで動画撮影させていただく。
 五時、自分のベッドで眠る。
 
 正午、目を覚ますと宗匠が隣でスヤスヤと眠っておられた。これが女ならばもういちど始まるか、こっそり逃げ出すところだが、冷蔵庫に走ってお茶を差し上げる。
「ご機嫌はいかがですか」
「あだまいだ〜い」と言って、さらに「ジャックくれ〜」とおっしゃった。ちゃぶ台の上にはガスターテンを六錠呑んだ形跡がある。
 空っぽの胃の中、それも寝起きでジャックとなるとさぞかし沁みるのだろう、宗匠は「いで〜いで〜痛ぇよぉ〜」と胸をさすっていた(だったら呑まなきゃいいのに)。
 そしてもう一度頬が膨らんだ。また台所でおやりになられた。前回のリバースから数時間、今度のブツは水に浸けたビーフジャーキーみたいな代物だったので、さすがにゴム手袋を履いて(←北海道弁)始末する。
 ブツを見つめながら宗匠はおっしゃった――「あ! 想い出した! おれ昨夜ジンギスカン喰ったんだ!」
 
 午後三時半、母のお見舞いに行かなければならないので、オンボロ車に宗匠を乗せて送るすることに。すると宗匠、どこかに電話をおかけになられた。
「もしもし、おれ。うん、ですこってやつの家に泊まってさー、うん、今から彼を紹介するので小綺麗にしといて」
 家の前で降ろしてサクっと「じゃーな!」「どーもでーす」を想像していたぼくの全身に、緊張が奔った――「おいおい、マジかよ!」
 果たして、豪邸に到着した。高級外車と、もう一台はぼくと同じ車の後継車だった。このタイプはぼくのよりもエンジンが優秀で、チューンすればパワーレシオはGT-Rに勝てるんですよ、とは言わないでおくことにした。
 令夫人にご挨拶、うまく笑えただろうか……。珈琲を頂いて、おいしゅうございます、と。すると宗匠、「ですこくんになにかお土産を」とおっしゃった。ぼくはもうポン中ばりに「いいですいいですいいですもういいです」と頭を振って(それもなぜか縦に)言うばかり。
 すると令夫人、「あ、ヒョウタンならあるかしら」とおっしゃって、さらに宗匠が同調して「うむ。水は生きていく上で必須だからな」とおっしゃる。ぼくは、ヒョウタンを肩にぶら下げる自分を想像した――ジャッキー・チェンのお師匠さんかいっ!
 
 大量のペーパーバックと、なぜかLeicaのデジカメを頂いたんです。積読が氾濫しているぼくの家に、五台目のカメラがやってきたんです。

 
 
 その足でお見舞いへ行くと、母は開口一番「あんた酒臭いわ!」と言って、他の患者さんたちの笑いを誘った。ヒョウタンを持っていたのなら、ナースコールが鳴り響いたに違いない。