生きる

 
 
生きているということ
いま生きているということ
それはお腹がすくということ
寒さに肩をすくめるということ
午前11時にAMラジオのボリュームを上げるということ
真昼のビールにむせかえること
唇に唇をかさねること
 
生きているということ
いま生きているということ
それはホンダCB90
それはブラインド・ウィリー・マクテル
それはジョン・G・ポーク
それはオスヴァルド・チルトナー
それはGibson ES-295
すべての眩しいものに出会うということ
そして
ティッシュが150組に減っている巧みさに気づくこと
 
生きているということ
いま生きているということ
しんみりできること
いらいらできること
うんざりできること
言葉をのみこむこと
爆笑できること
自由ということ
 
生きているということ
いま生きているということ
浮浪者と毛虫が同時に起床するということ
夕刊を拡げるということ
見世物小屋傷痍軍人がいるということ
お米はガスで炊くということ
神様の近い国では生首が転がっているということ
産まれたての仔馬が転ぶということ
シチューがコトコトいっていること
いまいまが過ぎてゆくこと
 
生きているということ
いま生きているということ
コトドリにその気はないということ
空はつねに無関心であるということ
キャベツは厚着しているということ
山は泣いているふりをしているということ
ハンミョウに悪気はないということ
海はけっして腐らないということ
人は愛するということ
あなたのひからびた大陰唇
ぼくのただれた亀頭
いのちということ
 
生きているということ
いま生きているということ
それは
 
 

平日の昼間っから不味いラーメンを作るということ
今度はチャーシューを忘れるということ
 



 
谷川俊太郎詩集 (ハルキ文庫)

谷川俊太郎詩集 (ハルキ文庫)