連想日記

 
 最近、腹が痛い。それも毎日、午後3時頃になると下り始める。胃腸は弱い方じゃないし、午後3時ということはもしかしたら朝食が原因かしら、と便座に座りながら考えてみる。
 帰宅して冷蔵庫をチェックしてみる。ぼくのぶれっくふぁすとはじつに簡単で、食パン1枚、ハムエッグ(それぞれ一つづつ)、紅茶である。玉子もハムもこないだ買ったばかりだし、もしやとパンの袋を見てみると、消費期限から5日過ぎていた。でも外観に異常はないし、匂いも幸せな香りがする。だから残り1枚も明日食べてやろうと思う。こうしてゴミを減らすという、ですこ流エコロジー
 どうしてお腹が下るのかといえば、賢い腸たちが異変を察知して早く体内から追い出そうとしているからだと思うんだけど、これだけ生きていると「マジでヤバい場合」と「そうでもない場合」を判別できるようになる。
 そうでもない場合、しばらくすると腹痛は治まるし、うんこもゆるくない。ぼくが不思議なのは、どこでどうしてうんこは固まるのかということ。
 おそらく腸内には魔女みたいな存在があって、固まる波動を出していと思われる。その魔女は見事なプロポーションの持ち主で、チラリズムの大家でもあり、常に突っ張り棒を持ち歩き妖艶なダンスをしている。通りすがりにそれを目撃したうんこたちは否応なしに硬くなる、というくだらない話です。
 
 腹痛といえば、昔の職場の同僚でHくんという人がいて、その人は四六時中お腹を下してる人だった。あまりに頻繁なので、Hくんに訊いてみた。
「どうしていつも下痢なんだい?」
 ぼくよりも3つくらい年上だったHくんは、もじもじしながら答えた。
「ぼくね、自律神経失調症なんだよ」
 気まずい空気が流れて、Hくんはまたトイレへ駆けていった。
 いつだったか、Hくんは瞼を腫らせて出勤してきた。トイレへ行く頻度もいつもよりも多い。ぼくは尋ねてみた。
 するとHくんは「ここじゃ話せない」と言って、ぼくを喫煙所に誘った。Hくんほど煙草が似合わない人をぼくは知らない。
「フラれちゃってサ」と、Hくんは気取りながら、肺に入れていない煙を吐いた。殴ってやろうかと思った。
 Hくんが給料のほとんどをソープに注ぎ込んでいることは、誰もが知っていた。異常なまでの勤勉は、すべてソープのためだった。
 聞けば、ハマっていたソープ嬢に、一時期流行っていたティファニーのティアドロップを贈ってから数日後、その店から泡姫は姿を消していた、と。泡姫は怖くなって店を変えたのに、俺は捨てられたんだ、と悲劇のヒーロー。
 カネで性を買って、ねっとりとした身勝手な腰振りをしつつ、煙草の似合わない男が涙を携えて愛の告白――Hくんは年上だったけど、ゲンコツしておきました。
 Hくんもそろそろ四十路ですね、お元気ですか、憲兵くんですこです。もしかしたら貴方の下痢は、ぼくのせいだったのかもしれません。ごめんなさい。
 
 風俗といえば、めっきり行ってないんだけど、初めて行ったときのことは憶えている。そこはソープやヘルスみたいに小綺麗なところじゃなくて、中心部から離れた場末の一角にある、いわゆるピンサロだった。
 一時期、「パチンコ→キャバクラ→フーゾク」という流れが主体の、いわゆる“DQN”と仲良くしていた頃があって、彼らに連れて行かれたのが最初だった。
 薄暗くて、薄い板で弁当箱みたいに仕切られていて、周りの声は筒抜けだった。それは喘ぎ声じゃなくて、普通のスナックと変わらない感じだった。
 作法もなにもわからなかったんだけど、酒も入っていたせいで「ナメられちゃいかん」と思い(舐められに行ってるんだけど)、えいやぁ!とフルチンの開脚で待っていると、カーテンの裾の隙間から見える脛が立ちすくんでいるのが見えた。
 そーっとカーテンを開けて現れてきたのは、二十代後半と思われる小柄な女性だった。吉本新喜劇に出てきそうな、なんというか、無理な快活さがある人だった。目が合って、正座に切り替えた。しじまのあと、「ワンドリンク付くけど?」と言うので、ビールを頼んでフルチンの正座で呑んだ、というか啜った。
「こいうお店、初めてでしょ?」
「あい」ジョッキを両手で持ってコクリと頷いた。
 お見合いムードを切り裂くように「はい、立ち膝になって」と言い放ち、お湯の入った洗面器をぼくのキンタマの下に置いて、ジャブジャブと洗い始めた。それはとても滑らかな手つきで、水揚げされたばかりの海産物のぬめりを取る漁師の嫁のような、有無を言わさぬたくましさもあった。そのあと、小さなタオルを用いてポンポンと“叩くように”水気を拭き取ってくれる。
 ぼくは、ある懐かしさを想い出した。
 幼い日の風呂上がり、濡れた自分が嬉しかった。部屋中を水浸しにしてやろうという小さな悪意を、大きなバスタオルが包んでくれたときの快感が蘇る。あれは明確な赦しだった。
 そんな想いに浸っていると、パクっと咥えて下さり、驚いた。ああそうか、と。ここはそういうところだったな、と現実を目の当たりにする。よっしゃ、早くイかないとな、と精神を股間に集中すればするほど、しおれていくこのパラドックス
 すると顔を上げてこうおっしゃった。
「お兄さん、お酒呑んできたでしょ?」
「あいすみません」と、ほとんど謝った。
「勃ちがちがうのよね」
「はぁ」
 するとお姉さんの鋭い眼光が消えて、口元を歪めた。
「まさか童貞じゃないよねぇ?」
「いえ違います」
「だよねー」と言い放ち、またパクッと咥えて下さった。
 それから、急にいきり勃った。同時に素直になった。
「き、気持ちいいです」と、思わず声が出た。
「でしょ?」
 果てそうになって薄目を開くと、お姉さんの額に汗が滲んでいて、前髪が貼り付いていた。それは紛れもない労働の汗だった。
 急速にしぼんでしまった。
 お姉さんはしばらく考えて「あのね、ローションもあるの」と言った。そしてすぐに「そのあとは口じゃできないけどネ!」と釘を刺した。
 蜜蝋の壺を掻き回わすようにまさぐられた。もはや性欲よりも、感心が勝っていた。在野のプロだった。
 時間がきた。お姉さんは、ローションの名残がある手でぼくの背中をひっ叩いた。
 翌朝のパンツがバキバキになっていたことは、言うまでもないだろう。
 当時のわたくし二十二歳、ウブな想い出であります。
 
 パンツといえば、形状の遍歴から時代を物語ることもできると思うんだけど――今日はこのへんで勘弁して下さい。
 おつかれさまでした。