中指スイッチ

 
 銀行よりも郵便局(ゆうちょ銀行?)が好きだ。オンラインの利用手数料が無料だし、出向かなければならない場合でも店舗数が多いので、比較的近くにあるのが嬉しい。
 それに、なんとなく安心感がある。
 母が入院していたとき、代理で姉の口座へ高額の振り込みを委ねられたときは大変だった。
 双方の身分証明書や実印はもちろん、住民票まで持ってこいと言う。本籍も姓も同じで、親子だと分かり切っているのに、直筆の委任状も持ってこいとおっしゃる。
 病気の発症から間もない手で書いた文字は、昔ぼくが叱咤されたような“ミミズが這ったような字”だった。第三者には解読不能だったが委任状の体裁は取り繕ってあるので、提出すると、「読めないので書き直して下さい」とおっしゃるではないか。
 手続きは午後3時までなので、仕事の合間を縫って通い詰めた。八嶋智人によく似た局員は、黒縁眼鏡を中指で持ち上げて「これなら大丈夫でしょう」と、どこかへ電話をかけ始めた。それがまた長電話で、苛々しつつ辺りを見回した。
 小さな郵便局には、強盗対策として入り口にスケールが貼ってある。逃走した犯人のおおよその身長を測るためだ。
 銀行の支店の場合、フロアは広いのでカウンターから遠い入り口のスケールは見えない。たぶん、ほとんどの銀行には背の高い観葉植物があるはずで、それをスケールの代わりにしているのだろう。
「植物は成長するので誰かが管理しなければ基準値がずれてしまう。あれはいったい誰が管理しているのか?」などと考えていると、「ですこさま、大変お待たせいたしました」と呼ばれた。
「無事終了いたしました。お手数お掛けしまして大変申しわけ御座いません」
「いえ、いいんです」と応えて、通帳やらを携えて自動ドアが開いた瞬間、
「ですこさま!」
 と呼び止められた。振り向くと八嶋智人は「お姉様の御住所は?」と言った。
「千葉です」と言い放ち、帰ろうとすると、彼は「の?」と畳みかけてきた。笑ってしまった。
 凄すぎる雑伎を見たとき、不意に湧き出てしまう笑いだ。
八街市です」
「了解しました!」と、八嶋智人は満足そうな笑みを浮かべた。面倒臭いけど、好ましい男だった。いや、得てして好ましい人というのは、面倒臭いものである。
 
 先日、支払いで同じ郵便局に出向いた。八嶋くんは奥の方にいて、ぼくの相手じゃなかったことが、少し残念だった。
 ソファに座って手続きを待っていると、「ピコーンピコーンピコーン」という音が局内にこだました。店舗の中にいる老人の客たちは、一斉に入り口へ目を遣った。そこには、小さな子供を二人連れた母の親子三人がいた。母親は両手に買い物袋を持っていた。
 警告音の所以は、自動ドアの前にある段差でグズっている子供に対して、何度もセンサーが反応してしまっているせいだった。
 老人たちは安堵してニコニコしながら子供たちを見ていたが、母親はとても困惑した様子だった。それはちょっと異様な形相で、老人たちは子供に対しておやおやと目を細めているのに、母親は自分が笑われていると思っている様子だった。
「ほらほら!」と怒鳴りながら、買い物袋を片手に持ち替えた母親は、小さい方の子供の手をグイグイ引っ張りながら入ってきた。たぶん二歳と四歳くらいだろうと思われた。老人たちは子供たちの虜になっていて、母親を注視しているのはぼくだけだった。
 子供たちをソファに座らせた母親は、カウンターに行き財布からカードを出して残高照会を頼んだ。子供たちはソファの上に、買ったばかりの飴玉を撒き散らしている。老人たちの目はますます細い。
 すると、「これ、道銀さんのカードですね」という声が聞こえた。当たり前の台詞だったが、その時ばかりは冷酷に響いた。空気読め、と。
「えぇっ!?」と狼狽えた母親は、間をおいて「じゃあいいです!」とあからさまに逆ギレして、財布にカードを戻しながらなにやらブツブツと文句を垂れている――「だから公務員てのはいやでそれもこんなに小さいところでほんとうに腹が立つわたしは悪くないetc.」と、もの凄い早口にもかかわらず、途轍もない滑舌の良さで呟いていた。
 羞恥の独り芝居のあと、子供たちのソファを振り返れば、飴玉が散乱しているではないか。そのとき見せた母親の放心っぷりは、ほとんど漫画だった。
 静かな絶叫をしながら飴玉を袋に放り込み、小さい方の子供の腕を持ち上げて、疾風の如く去っていた。
 郵便局はガラス張りで、老人たちはいっそう目を細めて、ガラス越しの子供たちに手を振っている。抜けてしまいそうな子供の肩の関節については、このさい度外視して。
 カウンターを向くと、首を伸ばした八嶋くんの目は家族を追っていた。一瞬だけ目が合った八嶋くんは、中指で眼鏡を持ち上げてから、すぐに卓上へ向き直った。