密室への回想

 
 こないだ行ったコーエンジのネカフェは人生二度目であり、早朝の仮眠とはいえ宿泊したのは初めてだった。
 個室は、背が高い合皮のソファとオットマン、パソコンがあり、広さは二畳程度で室内は真っ暗だ。排煙のためだろうか、仕切は天井まで届いておらず、その小さな窃視感はピンサロのそれとよく似ている。パソコンスピーカーは設置されておらず、ヘッドフォンが付属している。よって周りの音は気にならない。ヘッドフォンを外してみると、寝返りによる合皮ソファの摩擦音と、電子ライターの音くらいのもので、いたって静かだ。さらに別料金だがシャワー室まであり、食料の持ち込みは自由だし、しかもドリンクは無料である。
 いわゆる『ネカフェ難民』がこういう所で生活するのは、困窮が理由というよりも、快適を求めているのではないかと思われた。ナイトパックが1,800円として単純に30を掛けると54,000円となり、シャワーを使えば60,000円を越えるだろう。一ヶ月に60,000円を払えば、たとえ東京といえどもユニットバスのワンルームくらいは借りることができるはずなのに、なぜネカフェで暮らすのかといえば、やっぱり快適だからだと思う。ヒトゴトのように一泊したぼくも、一ヶ月くらいなら楽勝で生活できる。
 無論、初期費用の不足や保証人の不在などの問題はあるが、最近は政府による救済処置もあるらしく、20万円を貸してくれるらしい。けれど、ネカフェ難民は減らないと思う。なぜなら、ネカフェは快適であり、人間は快適を求めるからだ。
 不動産屋に行って全身を下から舐められるように審査され、疎遠だった親に保証人を頼むくらいならばネカフェの方が快適なんである。孤独癖があれば尚更で、密集した住宅事情から聞こえる他人の生活音に舌打ちするくらいなら、より狭い蜂巣でも無音の空間が快適なのだ。よって“難民”という呼称はやめるべきで、これからは『ネカフェ貴族』と呼びたい。いつの世も、高貴な人の足下には堕落による快感の影がつきまとうものだ。
 
 昼過ぎ、壁越しの声で目が覚める。それは男女による会話で、室内に貼られている案内を見て『カップル席』があることを知り、あろうことかその席は正面に位置していた。
 最初は楽しそうに会話をしているが、徐々に声数が減っていく――「始まったな」と思った。自販機に向かってコーラを産ませる。その場で飲み干し、紙コップに残っていたクラッシュアイスを口に放り込んで噛み砕き、個室に戻りコップを壁に当てて盗聴してみる。なにも聞こえない。位置を変えているうち、残った水分が耳の穴に入ってきたので我に返り、盗聴はやめた。
 ヘッドフォンをかけてネットでニュースを読む。サイクロンとハリケーンと台風の違いを考え、アウン・サン・スー・チーさんが好みであることを想い出す。
 他は相変わらずチベット関連のニュースが多い。昔の日本もそうだったが、宗教国家は明確な差別を産み出し、仏徒はヒエラルキーの上に位置する。エタヒニンを産み出したのも仏徒であるし、ひいてはインドのカースト制度の根源もそこにある。
 現にダライ・ラマ農奴制を肯定していると聞く。そうなると、チベット侵略は奴隷制度の解体作業ともいえる。だが、「フリーチベットォォッ!」と訴える人を否定するものではない。ちゃんと考えてるのかな、と思う。気持ちいいんだよね、“なんか知らんけど一役買ってる自分”って。
 今年の三月に、国を憂いて国会議事堂前で割腹自殺を遂げた、名も無き右翼の死は、ニュースになっていない。
 
 その日、AMラジオの文化放送で『死刑執行』と銘打った、50年くらい前の刑場で隠し録りした音声を生放送で流すことを思い出した。調べてみると放送が終わってから数時間経っていたので、どこかの有志がうpしているだろうと2ちゃんねるへ行ってみると、案の定あった。
 けれどそれはzipで、普段ならばウイルスを懸念して解凍しないのだが、ここはネカフェ、知ったこっちゃねぇ。解凍されるまでの間、むしろ「ウイルス出てこい!と願った。クラッシュしたら? 違う部屋に行けばいい! わははは!
 ヘッドフォンをしたまま再生してみると、本物だった。一時停止して自販機へ向かい、カルピスソーダーとお茶を両手に持って、再度個室に戻る。
 特番AMラジオ特有の抑揚のなさが、それゆえに頭へ染みこんでくる。インダビューでは、敬愛するノンフィクション作家の大塚公子さんが出演されており、その肉声にオットマンから足を降ろし、姿勢を正す。
 放送の内容は大塚さんの著作とほぼ同じだった。
 執行を担当した刑務官の苦悩や、死刑を求刑した検察官の葛藤、それらが音声で聞くことができる。
 いま調べたら、ニコ動にうpされていたので貼っておきます。
 死刑を考える人もそうでない人も、ぜひ聞いてみて下さい。断末魔とかはないのでご安心を。
 
 
 約一時間、聞き終えてヘッドフォンを外すとカップルの声は聞こえなかった。今度は、予め逆さに置いて水分を出し尽くした紙コップを、壁に当ててみた。なにも聞こえない。そこで「あ、ここは東京なんだ」と我に返って、会計を済ませた。
 
 
 じつは、ノーカットの処刑動画がYouTubeに在る。それも海外ではなく、国内の。
 うp主がembedを許可していないことからも、この動画が貴重であることが窺える。
 心して観るように!
 
 しょけいだい
 http://jp.youtube.com/watch?v=CuaoW6txt5I