格闘日記

 
 久し振りにテレビでボクシングを観る。
 噂に聞いていた長谷川穂積の試合を、始めて真剣に見る。
 これは強い。和製ロイ・ジョーンズ、という賛辞は褒めすぎだろうか。
 ぼくが思う国内での歴代最強ボクサーは川島郭志だが、長谷川はそれを越えるかもしれない。
 エドウィン・バレロも異様に強いが、あまり好きじゃない。パッキャオと対戦せよ!
 ちなみに今のぼくの体重は、おそらくウェルター級だろう。
 この階級にはメイウェザーとコット、二人の天才が王者だが、なんなら勝負してやってもいい。正直、負ける気がしない。
 ボクシングじゃねえよ。ファミコンの『キン肉マン』だ。
「あなたが最も得意なゲームは?」と訊かれたら、真っ先に「キン肉マンである!」と答える。負けたことがないのだ。
 
 あれは高校一年生の時だった。
 旧友だったS藤(トラブルメーカー)が隣町に転校してから数年後、偶然再会したぼくらは仲良くなった。
 彼の家に数人集まり、「キン肉マン」大会が行われた。ぼく以外の全員は同じ中学出身だったが、不動の王者であるぼくはふんぞり返っていた。
 トーナメント方式だったが、ぼくはそこに参加しない。その王者が、ぼくとの対戦権を得るのだ。
 ワイワイやっていると、電話が鳴った。応対したS藤は受話器を置いて「ユウイチが来るって」と呟いた。一瞬、空気が凍てついた。
 ユウイチは、彼らの中学では番長だったらしく、噂は聞いていた。同時に粗暴な男ではないことも聞いていた。
 空気が凍てついたのは、完全なアウェイであるぼくとユウイチが対面して、なにか科学反応が起こるのではないか、という危惧のせいだった。
 しばらくしてチャイムが鳴り、ユウイチが現れた。ゴツイ男だった。
「あ、俺にもやらせてよ」という鶴の一声で、トーナメントは崩壊し、ぼくとユウイチが対戦することになった。
 無論「ブロッケンjr.」は除外して、ユウイチに好きなキャラを選ばせる。ぼくは何でもよかった。
 さっきまではワイワイやっていたのに、静寂の中で対戦した。
 ぼくはノーダメージのまま、ユウイチを徹底的に叩きのめした。下手に手加減する方がややこしいことになるからだ。
 ユウイチは「うははは!」と大笑いしてから、すぐに出て行った。
 たぶんユウイチは、「最近、隣町のですこという奴が地元に来てる」という噂を聞きつけて、様子を見にきたんだろう。
 その後、ユウイチとはあまり会っていない。
 数年後、新聞でユウイチを見た。彼は、旭川で極道になっていた。
 隣町には孤児院があって、ユウイチはそこの出身だった。
 そんなやつに勝てるのは、ファミコンしかなかった。
 地元の誰にも、「番長ユウイチ」のことは話さなかった。
 ぼくは争いごとがあまり好きじゃない。
 
 つーか、なんでこんな話になったのか。
 ボクシング→筋肉→キン肉マン、ってバカじゃねえか。
 
 文句あっか? やるか? おう!? キン肉マンをよぉ!