懐かしい衝動

 
 学研が好きだった。
「学研のおばさん〜まだかなまだかな〜♪」という唄の通り、窓から顔を出して待ちわびるほど好きだった。
 知的好奇心が実践をもって満たされる、という素晴らしいものだった。
 その学研が、廃刊を検討しているらしい。これはマズイ。少子化の煽りを受けての赤字が理由ならば、政府が補助金を出すべきだ。学校の授業なんかよりも、よっぽどためになるんである。
 高学年になると学研から離れて、より実践的な科学に興味を示す。
 何の本だったか失念したが、「カエルの卵を紐で半二等分に縛ると、双頭のおたまじゃくしが生まれる」との記事が写真付きで載っていた。これは衝撃的だった。
 早速近所の田んぼに行って、大量のカエルの卵を捕ってきた。50個はある。
 それを水槽に移して、母の部屋から盗んできた糸で夜な夜なカエルの卵を縛り続けた。これがヌルヌルしていて難しい。それでも5個くらいはうまくいった。
「早く孵れ!」ぼくは時間を早送りしたかった。
 しばらく経つとおたまじゃくしが生まれてきて、早い者は足が生えていた。縛った卵はそのままだった。刺激を与えれば孵るだろうと、指で突いたりもしてみた。
 カエルの成長は意外と早く、いつの間にか緑色の成体になっていた。暗幕を掛けて隠していたが、夜中の鳴き声までは隠せなかった。
 虫嫌いの母は発狂し、「水槽持っておいで!」とぼくの耳を引っ張りながら外へ連れ出した。水槽を取り上げた母は、逆さにして下水道へ流した。
 悲しくはなかった、と言えば嘘になるが、「次はうまくやろう」と、決意の方が勝っていた。
 今度は水槽をD樹の家に置くことにして、彼には「この水槽からは双頭のカエルが生まれるであろう! もし2匹生まれたのなら、一方をそなたに授けよう! 貴殿はこの水槽を死守せよ!」と命じておく。
 子供の移り気の速度たるや凄まじく、すっかりカエルのことは忘れていた。D樹から「あのう、水槽なんだけど」と言われて、初めて思い出す始末だ。
「うむ! さぞかし沢山の双頭が生まれたであろう! そなたに全て授けよう! それをクラスのみんなに見せてやるがよい! さすればそなたは人気者じゃ! ワハハハ!」
 D樹はぽつりと呟いた――「たぶん腐ってるよ。ものすごい悪臭だもん」
「すまんが捨てておいてくれ」ぼくは咳払いして言った。
「えー! どこに?」
「地球にだ!」
 むちゃくちゃである。
 科学とは、道徳を学ぶためには必須である。好奇心の出鼻を挫かれるとは、すなわち不条理の体感である。それを乗り越えて、初めて指先が愛に触れるのである。
 その後、捕まえたクワガタのメスを全てD樹にプレゼントしたことは、言うまでもないだろう。それも、こっそりと彼のポケットに忍ばせて――。
 
 そうした時期を経て、普通は勉強に勤しむのだが、ぼくは勉強が嫌いだった。もちろん誰だって嫌いなのかもしれないが、ぼくは本格的に嫌いだった。ほんの少しの喜びも見出せなかった。
 勉強机は一応あったが、これが凄かった。
 兄の友人から貰った物で、彼は兄と同じ暴走族に所属していた。
 机全体に「夜露死苦」だの「愛羅武勇」だのと、みっちり彫刻されていた。こんな机でいったい誰が勉強をするというのだろうか。“勉強するな机”である。
 
 そんなぼくでも、志望校に受かってしまった。原動力は「公立に受かったらギターを買ってやる」という、それだけだった。無論、三流高校である。
 入学式が終わって、D樹を発見した。
「よう!」と肩を叩いて振り返ったときのD樹の形相は、いまでも憶えている。
 高校は義務教育じゃないので、テスト前にだけ集中して勉強するようになった。個々でやればいいものを、「みんなでやろうぜ!」ということになり、会場はぼくの部屋だった。ぼくが望んだ事ではない。
 あろうことか、それぞれが酒を買ってきた。当時は『ジャイアント』という2リットルの瓶ビールがあって、総量は8リットルほどになってしまい、高校生を酔い潰すには充分な量だった。
 紙コップに「マアマアマア」などと言って互いに注ぎつつ、すっかり酔っぱらってしまい、何の勉強もしていないのに「明日は満点取るぞー! カンパーイ!」と叫んでいる。
 それを聞きつけたのか、母が襖を開けた。みんな一気に緊張する。
 あろうことか、母はお手製のオードブルを持ってきた。
 拍手喝采、初対面のくせに「おかーさーん!」と呼ぶ絶叫のカオスを鎮めたのは、母の「あたしも一杯もらおうかしら?」という乗りの良い台詞だった。ぼくは目頭を揉んだ。
 唯一の勉強期間が恒例の酒盛りになってしまったぼくたちは、顔と点数を赤らめるのが常だった。
 
 大人になっても、誰の胸にも好奇心は眠っているだろう。
 それは、勉強という名の打算を必要としないピュアなもので、得てしてプリミティブなものだろう。シンプル、あるいはお手軽と呼んでもいい。
大人の科学マガジン』は、それを呼び覚ましてくれる。奇しくも学研である!
 
 仕事が早く終わったので、チャリを飛ばす。目指すは東急ハンズ
 しかしお目当ての物は売ってなかった。札幌のハンズは本当にショボイのだ。アキバが恋しい。
 仕方ないのでパルコまで行って、ギターのパーツ漁ってみる。代用できそうな物もあったが、見送り、弦やらの消耗品を買い込む。良いスライドバーと巡り会えて、ニンマリする。
 今度は北の方までチャリを飛ばす。北大近辺は“プチ秋葉原”なのだ。品揃えが凄すぎて眩暈を覚える。半田コテ、フォーンジャック、リード線を買い、帰路を南下する。
 途中、再度ハンズに寄ってビットドリルを購入する。
 洞爺湖サミットのせいか、ワンサカいる警察官たちを縫うように突き進む。
 電池がないことを思い出し、さらに南下してダイソーへ行き、ついでにソーイングセットを買う(ボタンが取れたのだ)。
 2時間強走り回ったあとの一服は、格別だ。
 組み立てているうちに、昔ジョークで買った携帯電話用のクソ長いアンテナがあったことを思い出して、部屋中を漁って探し出し、無理矢理はめてみる。
 

 長すぎるその重みで本体が傾く。
 
 検証の結果、アンテナのカスタマイズよりも、アース線の方が効果は大きく、必須といってもいい。
 ハンダと穴空け加工はまた今度。
 これ、面白いです。