怪我考

 
 転倒してから二週間ほど経ち、手の傷口もフジツボのように小さくなった。諸君、消毒をしない方が治りは早いぞ! 但し、清潔を保つべし。流水と自然治癒力でこと足りる。
 そもそもぼくはあまり怪我をしない。もちろん擦り傷等は数え切れないが。
 激しいスポーツや危険行為をしないということもあるけど、小さい頃から大きな怪我は少なかった。一番古い記憶は保育園の発表会のときで、椅子を運んでいるときに転んでしまい、右手薬指を骨折した。しかし骨折という概念がなかったので、ピアニカを吹きながら「なんか指太ぇし動かねえ!」と思っていると、異変に気づいた先生が駆け寄ってきた。その後、病院に行くと医者が指をウニウニしてくるので「なにしとんじゃい!」とキレた記憶がある。
 その後は、中学生のときに先輩にヤキを入れられて左目を失明しかけたくらい。お岩さんみたいにボッコリ腫れた顔面を見た女子が「キャーッ!」と逃げてゆくのが、妙に心地よかった。乳揉んだろか。
 校長室に呼ばれて「何があったんだ!」と問いつめられたときの答えは、「廊下の角で出会い頭にちよしくんの頭にぶつかった」と、かなり知能指数の低い嘘だった。密告による報復への恐怖よりも、密告そのものが恥だった。サムライとは愚かなのである。
 以来、こないだの転倒まで怪我はしていない。
 
 あなたの周りにもいると思うけど、やたらと怪我の多い人っていませんか?
 ぼくの幼なじみにKという男がいるんだけど、とにかく怪我が多い。おにぎりをあげれば食中毒になるし、高いところから降りたら捻挫するし、少年時代はバイクでコケまくるし、大人になっても自動車事故を起こしまくるという不思議な男です。
 これは「BORN UNDER A BAD SIGN」というよりも、自ら怪我を招いているとしか思えない。注意散漫というよりも、事故傾性(accident proneness)だろう。つまり、意識的や無意識的にかかわらず自己破壊傾向があるものと思われる。これは結構深刻な問題で、自殺の先行としてしばしば見られる現象だ。
 散々みんなに諭されたKだが、おそらくまた事故を起こすだろう。誰も止められないのは、彼自身の問題だからだ。というか免許がないか。いや、無免許で運転し――そうなったらもうお終いだ。
 もしかしたら、彼は事故のときにある種の快感を覚えているのかもしれない。堕ちてゆく悦びまでをも、ぼくが否定することはできない。